第21話 両手に花


「――ってことで、俺達別れよう」


 朝の登校途中に、俺はそう告げた。

 その相手はツユだ。


 妹には、昨日の内にあらかたの説明はした。


 実際にアイが男達に襲われていてピンチだったが、何とか乗り切った事を。

 そして、アイに自分達の恋人関係があくまで偽物だったことをカミングアウトしたことを。


 なのに、


 ――今から、SNSに投稿する写真撮ります?


 と、ツユがウキウキしながら訊いてきた。


 あれだけ彼氏彼女のフリをするのを拒んでいたのに、どういう風の吹き回しだろう。

 アイへの嫌がらせの為に全力をかけているんだろうか。

 そんなにアイのことが嫌いなのだろうか。


 ともかく俺は追加説明をした。


 アイと俺は別れた。

 だから、もう彼氏彼女の真似をした写真をSNSに投稿することはないと。


 肩の荷が下りてスッキリしただろう。

 そう思ったのに、


「……なんで私がフラれているんですか」


 なにやら不満げだ。


 言い方が悪かっただろうか。


「そ、そういうことじゃなくて、ほら、もう演技しなくていいから楽だろ?」

「……もう知りません」

「あー」


 結局、ゲームを一緒にやると約束した後、数時間家を出ていた。

 結果的に一緒にゲームをすることはできなかった。

 そのせいで機嫌が悪いんだろう。


 どうすればこのお姫様は機嫌を直してくれるんだろう。

 そう苦悩していると、


 何やら前方が騒がしい。

 校門前で人だかりができている。


「どうしたんでしょうか?」

「さあ。芸能人でもいるような騒ぎようだな」


 近づいていくと、人垣の隙間から見えたのは黒塗りの高級車だった。

 校門前にしては、あまりにも場違いな車が停まっていた。


 横向きに停まっているのでかなり邪魔だ。

 物珍しい光景なので、生徒達が立ち止まって見ているんだろうか。


「ベ、ベンツ?」

「そうみたいですね。普通、ベンツって学校に停車します?」

「いや……分からないけど」


 運転席からは紳士服を着用した男性が降りて来た。

 金持ちの使用人に見えるその人によって、後部座席の扉が開かれる。


 コツン、と通学靴の踵を鳴らしながら降りてきたのは、学校指定の制服を着た少女だった。


「……ああ、奇遇ね。ソラ」

「ア――――アイ!?」


 サングラスをしていて、学校指定の鞄を運転手に持ってもらっている。

 どこの芸能人だ。


「なんで、車で登校してるんだ?」

「ああ、それね。……先日のことを警察に話したら、事件になっていないと動けないって言われたの。だから数ヵ月は私の身の安全の為に、父親が車で登下校しろって五月蠅くて」

「それじゃあ、やっぱり家の車なのか?」

「そうよ」


 金銭感覚がズレているし、お金持ちだとは思っていたけど、思ったよりもお嬢様だった。


 箱入り娘だから常識ないのか。

 妙に納得してしまった。


「あの……」

「どうしたの? 妹風情?」


 サングラスを外したアイに、ツユが不審者に話しかけるように話しかける。


「あ、あなたなんで普通に待ち伏せしているんですか? もう兄さんとは別れたんですよね」

「そうね。もう、ソラとは終わった関係よ」

「…………」


 まあ、そうなんだけど、アイにそう言われると、やっぱり心にズキッと痛みが走るな。


「でもね。待ち伏せした訳じゃないわ。たまたま登校時間が被っただけ。それとも何? 私は学校に登校しちゃいけないの? ニアピンするのにも許可がいるの? 同じ学年なのだから、廊下ですれ違うことだってあるはずだけど、それすらするなってこと? 転校でもしろって言うの? 妹風情」

「そ、そこまでは言ってませんけど……」


 確かに俺達の関係は切っても切り離せない。

 同じ学校なのだから完全に避けることはできない。

 付き合っている時は深く考えなかったが、同じ学校の人間と別れるとここまで気まずいものなんだな。


 体育大会や文化祭、それから移動教室なんかの時も、一緒になる時だってあるだろう。

 無視するのが一番だが、集団行動をしないといけない時はそれも難しい。


「私だって反省しているつもりだから、もう以前のような待ち伏せなんてしない。ただ――またたまたま登下校時に会ったり、その辺を散歩したりする時に会ったりするたまたまはあるかも知れないわね」

「ちょ、ちょっと全然反省してないですよね!!」


 どこまでが偶然かどうかなんてアイの匙加減一つだ。

 ツユの言う通り、全然変わっていない。


 俺が流した別れの涙を返せ。


「一度別れたぐらいで諦めるなんて、この私のプライドが許さないの!!」

「普通は諦めるんですけどね……」

「『普通』? この私に最も似合わない言葉ね」


 髪の毛をかきあげる仕草が妙に腹正しい。


 むしろこいつには普通であってくれとさえ思うんだけどな。


「ということで、またよろしく。ソラ」

「ちょ、離れてください。何してるんですか!?」


 俺の腕にくっついてくるアイ。

 そして、その反対側から俺の腕を引っ張ってアイから遠ざけようとするツユ。

 二人のせいで俺の身体が引きちぎれそうだ。


 両人とも俺の身体の心配なんて一切していない。

 大岡裁きという愛に溢れた手の放し方を知らないらしい。


「両手に花? なんだあいつ?」

「二股か? 最低だな。あの先輩」

「ニヤニヤしてて気持ち悪い。なんであんな人が遠藤さんや星宮先輩と?」



 校門前ということで、遠巻きに見ていた学校の生徒達がどんどん集まって来る。

 渦中にいないから勝手なことが言えるんだ。


 もしもみんなが俺なら、この台風みたいな二人を止められるか?

 巻き込まれて身体がボロボロになるのがオチだ。


「ハハハ」


 俺は渇いた笑いを漏らしながら、達観した瞳で遠い所を見つめていた。

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