第5話「経過、記憶」

 どれだけの時が経ったか――リサとフェティは昵懇の間柄となり、互いに敬語もなければ、遠慮もなくなっていた。


 光から逃げ続け、不可思議な場所を見つけては謎を解き、新たな場所を見つけ出す日々。


 そんなある時のこと。

 今まででは到底ありえない空間を2人は見つけた。


「ここが秘密の空間?」

「……いや、ここではないはずよ」

「でも、リサ。ここは明らかに異質だよ」


 そこには、生命があり、森があり、光があり、空がある。真ん中に聳え立つ大樹はこの場所の守り人であるかのように、屹然たる雰囲気で周囲を見渡していた。選臨空間にあるのは明らかに異質な場所である。


「まずは探索してみましょう。何か掴めるかもしれないわ」

「そうだね……」


 2人は奇妙で幻想的な空間の探索を始めた。


「探索すればするだけ奇妙な場所……」


 森があれば本棚があり、光があれば闇がある。まるで統一感がなく、一歩間違えれば簡単に崩壊しそうな空間にだった。

 

 いつの間にやってきたのか――アルスとマリンも摩訶不思議な空間の探索を行なっている。

 フェティは図書館のような場所を捜索していた時、奥の奥に異様な雰囲気を醸し出す古びた紙を見つけた。


 何か書かれているが、未知の言語で書かれており、翻訳する事ができない。


「マリンを呼んでこよう」


 彼女はマリンの元へと戻り、彼を図書館へと連れてくる。併せて、リサもアルスも勝手についてきた。

 マリンは紙を見てすぐさま理解し、その紙を手に取る。


「読むよ」

「お願い」


 言葉を合図に嘲笑するかのように図書館の本が数冊落ちる。

 マリンは不可解な現象には気にもとめず、ゆっくりと手に持つ紙に書かれた内容を読み上げ始めた。



『この場所に辿り着く。それは数奇なる運命の結果なのか、或いは、約束された隘路なのか。それを君達が知る由はないだろう。しかし、1つ言えることは、この空間に辿り着くためには、現実世界が再生成されていない事が条件だ。そして、それは誕生の概念を持つ何かが、まだ光に触れていないことを意味する。その何かはどんな姿か分からない。何も持たぬかもしれない。自分を理解をしていないかもしれない。――そのために、この一文を遺しておくとしよう』



 ――世界は滅び、世界は始まる。全ての祖の中で。



「えっ……」

「どうしたの? フェティ」

「なんでも……なくはないけど、最後まで続けて」

「……あぁ」


 焦燥し切った顔のフェティに不安そうな表情を漏らしながらも、マリンは最後まで読み続けた。



『この世界で生き続ける術はない。抗うな、逃げるな、進め』

 

 

 そこで文章は終わる。光から逃げている存在がいることを見透かすかのように、書かれた最後の一文は、この文章を書いた人物がこの世界の理を知っている――ということでもあるのだろう。


 しかし、リサ達は誰もそこに関心を示さず、フェティの方を憂いと心配に満ちた表情で見つめていた。



「何かあったの?」

「別に……。私が生まれない限り、現実世界は創られない。ただ、それだけだよ」

「それだけってことはないでしょう?」

「みんなのところに戻ろう」



「待って……。ちゃんと、説明……してよ」



 アルスはいつになく声を張って、フェティに言葉の意味と理由を求めた。涙目を浮かべるアルスにフェティは優しく微笑み頭を撫でた。


「戻ってからね」


 アルスはゆっくりと首を縦に振る。

 もし、否定する事が許されなくなるのなら、どんな結末になろうとも、フェティについていくとアルスは決意した。



 皆が集う空間へと4人が戻る時、何故か動く光を確認することは無かった。

 

 

 結局、選臨空間の真実は暗闇に葬られることになるだろう。

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