二つの愛
パラッタ25
第1話
1
莉奈から電話がきたのは
ポケットで震える携帯の画面をちらと確認してからあえて放置する。
高階様に向けた笑顔を崩さないようにしながら試着室にエスコートした。
「色は素敵だけど、おなかがきつそうなよのねえ」
五十も半ばをすぎたマダムの言葉に思わず頷きそうになるも、盛んに自己主張するおなかの肉から目をそらして、
「こちらはですね、上着の紐がベルト状になってまして。自由に調節できるんですよ」
「あら、ほんと」
目の前に掲げて紐を引っ張って開け閉めしてみせる。
試着させるまでの勝負だ。
一度気に入ってしまえば値札の数字など気にせずに「これちょうだい」と手渡してくる。
地元の神戸ではかつて長者番付に入っていたほどの貿易商社の社長夫人、大事なのは財布でなくて自分の気分なのだ。
高階様がカーテンの奥に消えるとこっそりと携帯を取り出す。
(仕事中はダメだって言ってるのに)
舌打ちしそうな気分に襲われる。
(また厄介ごとね)
頭の中に莉奈の泣き声がこだまして思わずため息が漏れた。
「どうかしらねえ」
カーテン奥の呟きに現実に引き戻され慌てて背筋をただす。
お得意様を待ちながらも何十回も自分に言い聞かせてきた言葉を繰り返す。
――わたしがお姉ちゃんなんだから
カーテンが急に開かれ私はあわてて完璧な営業用のスマイルを取り戻した。
「まあ素敵! ぴったりですわ!」
2
「新しいお母さんがくる」
父からそう聞かされたのは中学生の時だった。本気で再婚して籍を入れることも考えていると。
当時の私は猛反発した。なにしろ多感で傷つきやすい年頃、母の思い出を捨てて再婚しようとする父が許せなかった。
「なんで……? 知らない人をお母さんなんて思えるわけないじゃない! お母さんのこともう忘れたの?」
泣いて抗議する私を父はなだめようと必死だった。
「分かってくれ亜矢、父さんだって好きな人ぐらいできる。父さんが新しいパートナーを選んだら駄目なのか?」
「…………」
「それに家には女の人がいてくれたがいい。おまえのためにもなる。男手だけだと何かと不便だしな。それに……」
受け入れることのできない私にそれ以上に衝撃的な言葉を告げた。
「あちらにも小学四年生になる女の子がいる。おまえの妹になる」
ショックで頭がくらくらした。再婚だけでもありえないのに……
見知らぬ家族がもう一人増える。
「無理よ、やっていけるわけないじゃない!」
何度も取っ組み合いになりかねない大喧嘩をして、父になだめすかされ、時には怒り……何度も繰り返すうちに私はあきらめに似た気持ちになってとうとう折れた。
心がボロボロになって疲れ切ってたせいもある。
もう勝手にすれば、という気分だった。湧き上がってくる感情をねじ伏せて現実を受け入れた。
思えばその頃からだったかもしれない。自分の正直な気持ちを抑制する癖がついたのは。
3
予想に反してやってきた「お
お互いに「慣れる」までは同居もせず籍もまだ入れないという話だった。
本当に「お母さん」と感じるには私は大きくなりすぎていたけど、何度も食事をともにし、時には旅行まで一緒にしているとかたくなだった私の心も徐々にやわらいできた。
父と二人のわびしい家庭に訪れた温もり。
壁を作っていた私を義母さんは大らかに、柔らかく包んでくれた。
久々に見る父の心からの笑顔を目の当たりにし、皆で暮らす家族の息吹きのようなものにを感じているうちに、一緒に暮らしてもいいかなという気にもなっていた。
その日は私の誕生日で義母さんが手料理をふるまってくれた。
莉奈の誕生日が近いこともあり、まとめて誕生日プレゼントを買おうという話となって、莉奈はテディーベアの大きなぬいぐるみ、私はパーカーの文房具セットを買ってもらった。
「二階で遊んでらっしゃい」
と、食事がすむと私たちは一緒に私の部屋に行った。その日は莉奈も泊まる予定だった。
「一階にも部屋空いてるけどどうする? マットレスがあるからここで寝てもいいよ。ベット使ってもいいから」
ベットに座る小柄な莉奈は、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながらかすかに頷く。
明るくてよく笑う子だと思っていたが、その日はなんとなく食事中から心ここにあらずといった感じだった。
口には出さなくてもお互いにどこかに壁があったせいだろう。
莉奈はぬいぐるみに顔をうずめて黙ってる。
「どうかした?」
私が横に座るとそっと顔をずらす。見上げるような視線で私をうかがう。
「あのね、ママがね、来月からみんなで一緒に住みたいって」
「……そう」
予想していたことだ。もう反抗したってどうにもならない。半ばあきらめの気持ちもある。
「……いいの?」
「ん?」
じっと私の目を見つめた。
「嫌なんでしょ? 一緒に住むの」
「……そんな」
力なく私は笑った。
「別に……嫌じゃないよ。いいよ、みんなで一緒に住めば」
「ほんとに?」
「うん」
ぬいぐるみに顔の下半分をうずめて、莉奈は床に目を落とす。
「ねえ」
「なに?」
おずおずといった感じで莉奈は寄り添ってきてそっと私の左腕に頬を預けた。
「あのね」
「ん?」
「お姉ちゃんって呼んでいい?」
一瞬呼吸が止まった。心の奥の敏感な部分にさざ波がたったような気分。
「あたりまえじゃない」
ぱっと花が開いたように莉奈は笑って私の腕にしがみついてきた。
この時から私たちは姉妹になった。
二つの愛 パラッタ25 @parantan1212
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