ながれゆくもの『記』
amanojaku0916
第1話 序章 ながれゆくもの
今の世が、何であるのか?
『ながれゆくもの』には知るすべもなく、波も凪にも抗うことなく
ただ、身をゆだねて成り行きに任せるのみ。
成長の時代も終焉を迎えてから久しく、全てが澱んで濁り、新たな時代の息吹が
芽生えることなど、二度とないかのように、世の隅々までがちからなく虚ろを。
それを誤魔化すように、エセ為政者による見当はずれの激が飛び、
治世は冷徹に無策で、滑稽なほどに絶望的な下り坂を転げるように進む。
『ながれゆくもの』は、ただ、ダラダラと奈落の淵を漂いながら、観念したように
行き詰まりの余生をおくり、とつぜん訪れるだろう締め切りの時を占うのだ。
「落胆、失望、少し違うがしらけた気分なのは確かだ」
「大丈夫…大丈夫… 生かされたことは充分に受け入れている」
沈んだ眼(まなこ)を少しあげると、誰かの暮らしが覗けて過ぎる。
人様の喜怒哀楽などに今更興味ないが、目の前でおきる様々な出来事は白壁の一点を見つめて過ごした混沌の中の静寂を思えば、幾らかは愉快だ。
とはいえ、このままベンチに身体をうずめ、まばたきも忘れる時をやり過ごすのは、余りに無力に酔い過ぎではないか?
『ながれゆくもの』が思考に堕ちたところで、悟りが開けるわけでもないのだから。
フッと蘇る耳鳴りのような記憶の意味はなんなのか?
”負けた”のは確かなのだが、いったい何に?
人生は不思議と先へと続くようだが、進む資格があるのかわからない。
ただ、身体に刻まれた印は「それまでと同じ道は歩けない」と伝えている。
「身体が冷気を痛みとして感じている」
「痺れとは違う新鮮な刺激が体をめぐり、なんだか心地よい」
時の経過とは不思議なもので、死んだ気でいた者もモゾモゾと動き出す。
生への執着を醜いと思うかは人それぞれの思考で個人的には語るガラじゃない。
それでも”傾いた身体を引きずり”まるで修行のように飲み屋の暖簾をくぐるのは、
主張を辞めない自我を称賛する少しのこだわりと世に渦巻くそれぞれに奔放な自由を今更ながら噛みしめ、縄張りをマーキングする老犬の本能とでもいうべきか?
「ガラガラガラ」
年季の入った引き戸を開けると、カウンターは見た顔の老人で溢れかえり余地なし。
「あっ、ショウちゃん 」
女将の甲高い声と同時に「また来るは!ガラガラガラ」扉を閉める。
「カッツン、カッツン、カッツン」
杖つく”死に損ない”が酒場をウロつくのを「いただけない」とする輩も多かろう。
人目を気にするというより“わかる”のだ。
例えば、横断歩道の淵までようやく差し掛かるとアクセルを踏み込む者が大半で、
それはヒトの善悪の範疇ではなく、認めるべき現実であり、世の中のながれを
堰き止めてまで守る“マナー”など、ヒトの本質を包み隠す茶番に過ぎない。
「カッツン、カッツン、カッツン」
結局、近くの雑居ビルのカビ臭いエレベーターに乗り込み世間の目をやり過ごし、今度はネオンサインのスナックの、えらく重厚な扉を何とか引き開ける。
「あ~トムさんだ 一人?」
ここの女店主はそう呼ぶ。いつだか、そう名乗ってから……。
上の階の馴染みの店が辞めて、この界隈も久々だけど、未だ覚えているヤツもいる。
「元気でしたか? なに飲む?」
「ブッシュロックで」
「そんなの飲んでいいの?」
「あぁ、大丈夫 」
カウンターにボックス一つの小さな店に、お決まりの顔ぶれが集まって
あの頃はマスターのギターとサックス奏者のジャズが迎え入れたが、時代は変わる。
好きなヤツがカラオケばりに楽器鳴らし声を合わせて… プロが集う面影は消えた。
「にぎやかだな」
「うん 気に入っているよ」
そう、つぶやいた女店主の微笑がずいぶん大人びて驚いたが、4年も経てば当然か。
「お腹すいたからマルゲリータとってよ!」
一階のバルの薄皮マルゲリータは酒にも合う絶品、半分食べて残りは女店主の腹に
治まるのがお決まりだった。チェイサーにビールを頼み、若い奴らのはしゃぐ声と
隙間に流れる懐かしのBGMを肴に至福の時を過ごして、気がつけば随分飲んだ。
「帰る」
「ハ~イ トムさん またねぇ~」
祝祭に酒を飲むのはヒトの伝統で酒は最古の向精神薬である一方で、酩酊によって
起こる混乱や無秩序は社会から忌避された。“百薬の長とも、よろず病は酒より”とも伝わり、酒は古来より社会にとって”両価値的存在”とされてきたのだ。
そして“酒は商品であり健康に害をもたらすドラックで個人的な嗜好品である”という近代文明の価値観に方向付けられ、ローカルな飲酒文化は近年決定的に変貌した。
夜の繫華街の人出は見る影もないが、ヒトのサガは居場所を探し、類は友を呼ぶ。
わざわざ路上で酒を交わす連中は、新たな文化の担い手なのだろうか?
または端にマナーの悪い愚か者?見解は様々だろうが“ヒトの繋がり”に変わり無い。
酒の起源は幻覚剤であり古代シャーマニズム文化と共に始まったとされて、今でも南米にみられるキノコ類のチューイング(噛む)トランスに続いて、果実や穀物から
『口噛み酒』が生まれる。日本文化においては『噛み』は巫女のみに許された神事で
酒を飲むのは神がかりとなる必要要件だったはずなのだが『酔いの心地よさ』だけが伝わり、神がかりになることは何処かへ行ってしまった。
『酔いの心地よさ』とはアルコールがヒトの脳にもたらす特別な力で、理性の箍を
緩めて緊張感や警戒心から解放する効果であり、人類史にとっては“ヒトの結束”を
生んで社会を築く力を育てる重要な役割を果たし、有史の最初からヒトの集う祭りや宴に欠かせない存在となる。
アルコールには脳内のドーパミン(快楽物質)を暴走させる効果もあり酔いによる快楽が強い酒を求め純度高い蒸留酒を生むと、アルコールに脳を乗っ取られるヒトが急増して、ある時期は深刻な社会不安の要因ともなった。
またアルコールはヒトの体内で分解され『アセトアルデヒド』という毒に変わる。
人類は遥か昔『アセトアルデヒド分解遺伝子』を手に入れたが、熟れ過ぎて発酵した
果実さえ食す必要に迫られた抜き差しならぬ事情からで、毒へ耐性を獲得したのだ。
ところが約6000年前の東アジア一帯にアセトアルデヒド分解遺伝子の働きが弱い遺伝子が出現して、増殖した事がわっている。”アジア人に下戸が多い”理由であり
稲作分布パターンと似通った拡がりから推測される理由はコメから出来た醸造酒だ。
稲作に適した水辺に多くヒトが集まり暮らすと衛生環境は一気に悪化して、微生物が
体内で増殖し悪さを引き起こす。人類は命に関わるピンチを酒がもたらす毒の効果で
撃退したと考えられるのだ。つまりアセトアルデヒド分解遺伝子の働きが弱いヒトが酒を飲むと体内に分解できないアセトアルデヒドが増え、その毒性が体内で増殖した微生物を撃退しヒトが感染症に打ち勝ち生き延びる確率が上がるという奇跡のように有力な仮説が成り立つのだ。
現代の衛生環境からアセトアルデヒドは身体にとって、もはや『毒』でしかないと
いわれるが脳は『酔いの心地よさ』を求め、その狭間で“アルコールの無い酒”までが
生み出され、“酒がヒトに与える恩恵”は民間研究機関により模索し続けられている。
そして社会は、”ヒトと酒とヒト”が織りなしてきた文化の一つ一つが結びついて
文明として大成した歴史をよく学び、今一度“ヒトの結束を起点とした”全く新しい
文化の創造に挑み、分断が進んで瓦解してしまった社会の再生を目指すべきだ。
文化を地域に根付く『方言』に例えるなら文明は『標準語』装置みたいなものだ。
つまり文化という構成要素を失えば、文明は意義を失って消失するという単純明快な構図であり、今の世は実は消失しかけている。
怖いのは消失を変質にすり替え、したり顔で誤魔化すエセ為政者とエセ知識人達の
協奏で、既に機能不全でガタガタの日本という文明社会があたかも現代風に変質する
過程であるかのように装い訴えかけ、間抜けな有権者の自己顕示欲を満たす。
「あなたの一票が国政を導きます」
「わたしに一票を、わたしに働かせてください」
「みんなでこの国を作って行こうじゃありませんか!」
100年以上もこんな茶番が続き、誰も本質を改めようとはしない。
確かにかつて“民権”を模索していた時代の側面もあったが、永く『政』という職人の
概念が根付いてきたこの国の人材育成の社会基盤を根底から破壊した『占領政策』を妄信して継承し、国体を腑抜けにした政治団体が、未だに惰性で政界を牛耳るような政治制度から抜け出せない国家を自立国家とは思えない。つまり先人から受け継いで未来へ繋いでゆくはずの国家は、”自浄作用が全く働かないポンコツ装置(文明)”になり果てたということだ。
『ながれゆくもの』とは、合戦に敗れて尚、命を存え川面に身をうずめ成り行きを
薄目で傍観するしかなかった落ち武者が、ひょんなことから生気を得て身をよじり、
泥をかき分け、再び戦いに身を投じる自虐ドラマだ。
歴史の証人として現体制に抗い独自検証により歴史を紐解く事で『文明の本質』に
果敢にアプローチして、現世のアンチテーゼとなる。
今回は戦にあたって守るべき国家の『記(しるし)』をはじまりから解説するので
長い歴史の授業と思って欲しい。つまり、“国家の行く末”に興味無い人には恐ろしく
つまらないので読むべきでない。歴史好きには、ノスタルジアな探求心をかきたてる
先人の英知や、不出来な戦後政策によって歪められ埋もれてしまった歴史評価などを話の流れの中で、私見も含めて紹介するので楽しみにして欲しい。
因みに呼称は『ショウちゃん』であって『トム』ではない。
あとは、追々ということで……。
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