ずっと一緒

桝克人

ずっと一緒

「これは無理ですね」


四角い眼鏡のブリッジを人差し指で上げながら葬儀場の職員は愛華の望みを一蹴した。それまでも淡々と喋る姿に心がないと愛華は思っていたので、ささやかな願いすらも聞き入れてくれないことに唇を尖らせる。


「でもこれはおばあちゃんがずっと手放さずに使い続けた大事なものなんです。持たせてあげたいんです」

「申し訳ございませんが出来かねます。燃え残る可能性やご遺体を傷つける場合もあるのでお断りしているんです」


眼鏡の奥の細長い眼は愛華の眼を捉えて言った。その声は怒るでもなく宥めるでもなく、まるで教科書をそのまま読み上げるロボットのように見えた。愛華は傍で眠る祖母の遺体に視線を向けた。静かに横たわっているが、目の前にいる彼よりも温度がある気がする。

祖母はいつも愛華が我儘を言っても穏やかな笑みを浮かべながら受け入れて、気持ちに寄り添うようにゆっくり宥めてくれた。今この瞬間も起き出して頭を撫でながらそうしてくれたらいいのに。


「愛華、気持ちはわかるけど無理を言って困らせないで」


今朝方祖母の危篤を聴き家族全員で病院に駆けつけてから母は忙しない。親戚方に連絡をし、静かに祖母を見送って、病院でこれからの行動の説明を受け、葬儀屋に連絡をし、今も通夜や葬儀の準備の話し合いをしている。最期息を引き取る瞬間だけが、時間がゆっくりと過ぎていたのに、今はいつもと同じような流れ方をしているなと愛華はぼんやり考えていた。

愛華は特にすることもないので、祖母の葬儀を執り行う担当の彼と両親と席を共にしている。そして火葬の話になった時に、棺に入れる副葬品の話で愛華は口を挟んだ。祖母が愛用していた万年筆を入れてもいいか尋ねたのである。


祖母の万年筆は祖母の相棒と言っても過言ではない。

十八でお見合い結婚した祖母は子供の手が離れるまでは、家事育児に追われる普通の専業主婦だった。子供———愛華の父親が巣立った後、本が好きだった祖母はふと筆を執り小説を執筆した。何度もあちこちに応募しては落選を繰り返していたが、五十歳手前で賞を獲り小説家となった。それを家族皆が喜び、特に祖父は誰よりも祝福して万年筆を送った。パソコンで作業をすることが普通だったのに今時万年筆なんて、と周囲の人は少々呆れていたが、祖母は大層喜んで創作手帳にはその万年筆を使った。

年をとって入院しても万年筆は手放さなかった。書くことはおろか、起きることも不自由になっても万年筆は傍らに置いていた。


愛華は病院を引き払う時に持って来たモスグリーン色の万年筆を手に取った。キャップを外してペン先を見ると少し潰れている。生徒手帳に適当に書いてみると、なんの問題もなくスムーズにインクが引かれた。万年筆は持ち主の癖が出ると言うが、ひっかかりも覚えず、不思議と手に馴染んだ。


まるで万年筆が新しい相棒を選んだとでも言うようだった。

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ずっと一緒 桝克人 @katsuto_masu

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