人間失敗作
やすなり
第1話 失敗作
私はなぜ生まれてきたのでしょうか、そんなことを考える毎日ではございますが、いくら考えても答えは出ません。
家族、恋人、友人、そんなものも昔はいたように思われますが、気づけば私一人で、地に着く足は、汚らしく、弱々しい小枝のような物が2本だけでございました。
私はその足をなんとか前に進めようとしたのでございましたが、小枝は根を張り、その場から動けなくなってしまったのです。
「ふふふ」
暗い空間の中で響き渡ってしまいそうな不気味な声を最初は怖がったのですが、その声の主が自分であると気づき、さらに「ふふふ」と笑うのでした。
また「ふふふ」「ふふふ」「ふふふ」
笑い声は私の中から聞こえてくるようでありまして、その声が自分の中に閉じ込められてしまったのではないかと思い始めてしまったのですが、次の瞬間、何かが爆発したのでございましょうか、世に暗さをもたらす不気味な笑い声が「ははは」と聞こえ、私も「ははは」「ははは」と笑うのでした。
「おい、起きろ」
ぱこんと、私の頭を叩いて起こしてきた国語教師は、国語なんかできそうにない筋肉の塊のような人間でした。もしかして『ぱこん』じゃなくて『どかん』だったかも。
その国語教師は何か気持ちの悪いものを見てしまったかのような目つきで私を見つめている。
はて、どうしたのでしょうか
「……授業中に寝るなよ、頼むから」
「ほぉ」
どうやら国語教師は私が起きていないと授業ができないらしい。私の影響力は凄まじいな。
「えー、授業をつづける」
授業なんて起きていてもやることはないではないか、と思い机の中に入れておいた文庫本を開く。文庫本はかなり古く、今にでも破れてしまいそうなものだった。
それから十分ほど経って、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。そのチャイムの音を聴くと、今まで使われていなかった脳の部分を揺らされ、意識が強く覚醒するようだった。
「えー、一ヶ月後には期末試験だ。心して臨むように」
その国語教師はこのクラスの担任らしいので、そのまま帰りのショートホームルームを始める。
あれ、担任こんなんだったけ。
時間も、気付けば日が傾き山とぶつかりかけていたことに気づき、少し不思議に思う。
まぁ、いいか
そう思い古い文庫本が破れないように閉じ、カバンにしまう。
それから、掃除をするそうなので自分の分担区を確認し、その分担区である『三階南自習室』へと向かう。
その途中、奇妙な話を耳にする。
「……あれでしょ?例の子」
「そうそう。関わらない方がいいよ」
こちらを見てひそひそと話してくる女が二人。
耳元で小蝿が飛んでいるような不快感にとらわれながら女の方に顔を向け、「なんの話をしているのですか?」と、話しかける。
二人の女は私に話しかけられるのが奇妙悪かったのか、引きつった顔を見せつけながらすたこら階段を降りていった。
私は自分自身の顔をかなり評価しているつもりであったのでかなりショックだ。
それに、『例の子』とは?
まぁ、いいか
そう思い、『三階南自習室』へ向かう。
そこへ着いた時には既に掃除が始まっていたらしく、女2人男2人が埃だらけの床を箒で掃いていた。
私は女の片方に「変わりましょうか」と、私が持ちえる最大の笑顔と親切心を使い話しかけた。
「ひっ……いや。いや、大丈夫です……」
「そう、ですか」
これまた不評だったようで、女は嫌悪と憎悪を滲ませた表情で断りの返事をした。
そんなに私は醜いのだろうか。いづれも自己評価と他評価が一緒とは限らないと思ったので、思い切って聞いてみようか。
「あの…」
「ちょっと!」
私が話しかけた女とは別の女が怯えながらも、どうにかこの子を守ろうとするような表情、草食動物の親がが肉食動物から我が子だけはと、守るような表情で割って入る。
「い、行こっ!」
すぐに親が子供の手を引いて教室の隅まで行ってしまった。そこで「怖かった」などと聞こえてきたので、質問をできなかったストレスとが相まって、頬に血が溜まっていくのが分かった。
何かがおかしい。
私は今までこんな学校生活を送ってきていたのだろうか、そう考えるだけで頭に鈍い痛みが走り、胃からなにかが逆流してきてしまうようだった。
まぁ、いいか
そう思い私は教室を後にした。
掃除は多分私がいなくてもいいだろう、そう思うことにして、下駄箱へと向かう。
下駄箱へ着き、靴箱から靴を取り出し、はく。この何気ない作業の間にも私の耳に入ってくる小さな声たち。
不快だ
私の口から漏れ出たその言葉は、地を這い声の主たちに届いたのか、ぱたぱた逃げていく音が私の耳に届く。
「なーにが不快だって?」
そんな空気を暖かくするような声に不思議な感覚を覚えて、声のする方向を向く。そこにいたのは見知らぬ少女だった。
「あなたは…?」
「なんの冗談よ、幼馴染に対して」
「はぁ、」
幼馴染。そんな聞き覚えもない響きを反芻する。やはり知らない。
幼馴染、というより昔の記憶がすっぽり抜けてしまったのか、私が覚えているのは先程、国語の授業からの記憶だけだったように思えてきた。
「そうだったね、今帰り?」
数刻前の女に向けた笑顔を少女にも試してみる。
「うん、帰りだよ。一緒に帰る?」
少女は当たるはずのない夕焼けの光を頬に浴び、少しぎこちなく私を誘う。
私は少しどきりとした。それはもちろん少女の誘いにではない。
「帰ろうか」
少女の表情と態度に胸が晴れた気持ちになった。もしかすると、おかしなのは私ではなく、周りだったのかもしれない。
それから、日に照らされた道路を歩いた。
そこで私は疑問に思ったことを少女に問いかけてみようと思い、
「あなたは私のことをどう思いますか?」
と尋ねてみる。
学校では私は嫌われているのか、もっと悍ましい何かのように思われているような気がしたので、少女に助けを、救いを求めてこの質問をしたのかもしれない。
「んー、いい友達…だと思ってるよ」
「顔。顔はどうですか?」
「か、かっこいいと思うけど?」
少しぎこちなく答えてくれる少女の背後から日の光が差し、眩しくて少女の顔を見ることはできなかった。
よかった
ふと気がつくとそこは暗闇でございました。星はおろか、光ひとつさえ無い暗闇でございました。
どうにかここを抜け出そうと歩こうとするのでございますが、木の根が足を取り込み、私の足から、血管から、血を吸っておりました。血を吸われる感覚は言葉では言い表せない恐怖を私にもたらしました。
血を吸ったところでどうするのでございましょうかと思いましたところ、目の前にふっと人影が現れたのでございます。
「地から這い出る偶像は、血を喰らい、智を喰らい、魑を喰らう。ああ、空に浮かぶ焦燥は何のためにあるのやら。何のためにあるのやら。掻き回される脳味噌を恥肉にかけて喰らいましょうか?内から生まれる新たな生命は、何のためにございましょうか」
何かとても不気味なことを言っているように思われ、どうにかして木の根を払えないかと、必死に手をわちゃわちゃ動かすのでございますが、どうにもなりません。
目の前にいた人影の手が私の腹の辺りを貫き、ぐるぐる腕で掻き回すのでございますが、不思議と痛みは無いのです。
「ここ、ここ、ここ、ここだよ」
そう呟いた後、何かを私の腹から引っ張り出したのでございます。
それはイタミでございました。
人間失敗作 やすなり @sannkakujyougi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。人間失敗作の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます