アンとじい ~幻想のDISCO~
井川純
第1話 別れー1
(登場人物)
竹本杏樹:主人公、呼び名はアン。都内の高校に通う三年生
竹本京子:アンの母親
竹本忠利:アンの父親
村木浩二:アンの母方の祖父。じいちゃん
村木恵子:アンの母方の亡き祖母。ばあちゃん
後藤亮子:アンの叔母、おばさん
後藤勝也:アンの叔父、おじさん
後藤ノン:後藤家の長女、アンの従姉妹。高校一年生
浅見陽菜:アンの同級生、親友
斎藤さくら:アンの同級生、親友
高木拓海:アンの同窓生、隣のクラスの学級委員
吉永薫:じいちゃんの〝友達〟
西城美奈子、高橋聡美、大久保みゆき:悪玉三人娘
遠藤卓司:アンのクラスの担任。通称〝えんたく〟
【アンとじい ~幻想のDISCO~】
「じいちゃん……」
じいちゃんの顔を思い浮かべてボーっとしていた。
とにかく偏屈で、自分勝手で、人の言うことを聞かない、くそジジイ。
でも、大好きだった。
私の気持ちを一番分かってくれていた理解者。
「アン」「アン」って、私にはいつも優しかった。
「『赤毛のアン』って知ってるか?」、はいはい、何度も何度も聞かれた。一度読めと言われたけど、未だに読んだことはない。
私は、何の目的も目標もないのに、このまま大学受験して大学に行くことに疑問を持っていた。
お父さん、お母さんは「大学はいかなきゃダメ」って、特に理由なく言う。
でも、じいちゃんは「悩むなら悩んでいい。妥協するな」って。
私の髪形を「おかっぱ」って言ってたけど「ボブだよ」って正すと、「おかっぱだろう」って。(ちょっと違うんだよね)
みんなが何と言おうと、〝私のじいちゃん〟だと思ってた。
「アン、何してんの、お経をあげてもらうから」
天井の高いこの部屋は、空気がヒンヤリとしていた。
その部屋に、火葬をするための炉が三つ並んでいた(後でお父さんに聞いたら‘火葬炉’というらしい)。
真ん中の火葬炉の前に柩が置かれ、その前には線香台が置かれていた。
空気だけでなく、火葬炉の冷たそうな鉄の扉が体と心を余計に冷やしている。
鉄の扉を見ていると、扉の向こうはこの世ではなくあちらの世界のように思える。
お坊さんが読経を始めた。喪主のお父さん、次にお母さん、私はその次に焼香した。
火葬する。体が無くなる。じいちゃんがじいちゃんでなく骨だけになる。
じいちゃんの姿のままお別れをしたお通夜、告別式とはやっぱり違う。
人の体を焼いてしまうなんて、何だか現実に思えない。
じいちゃんが亡くなったのは病院の一室だった。
二学期が始まったばかりの日曜日の朝早く、
「アン、起きて。おじいちゃん危篤だって、病院に行くわよ!」とお母さんに起こされ、お父さんが車を飛ばして三人で駆け付けた。
「みなさんが来られるのを待っていらしたんだと思います」と病室にいた看護師さんが言った。
じいちゃんのベッドの横のモニターに、じいちゃんの心臓の鼓動が上下しながら右へ動いていた。
「お父さん」お母さんが声をかけたが、反応はなかった。
「じいちゃん」私も声をかけた。
じいちゃんのおでこを触った。反応はないけど、温かかった。
少しして、おじさん、おばさん、ノンがやってきた。
「お父さん、どう?」おばさんの言葉にお母さんは
「もう間もなくみたい」
それを聞き、おばさんが
「お父さん、お父さん」と顔を覗き込んで呼びかけた。
看護師さんが言った通り、みんなが来るまでじいちゃんは頑張っていたのかも知れない。
少しして、モニターの線が一本の横線になった。
それを見て、看護師さんは病室から出て行き、若い男性のお医者さんと一緒に戻ってきた。
お医者さんが時計を見た。
「八時八分、お亡くなりになりました」と宣言した。
お母さんとおばさんは、ベッドの両側でじいちゃんの手を握っていた。
私の目から涙が溢れて流れ落ちた。
私の涙を見たからかも知れないが、ノンも
「えっえっ」と泣き出した。
じいちゃんが家で苦しそうにしていたのを見て、お母さんが救急車を呼んだのは三か月前のこと。膝は悪かったけど、他は元気だった。
入院してからの検査で、すい臓がんだと分かった。
すい臓がんはなかなか見つからず、見つかったときには遅いって、後でお父さんから聞いた。がんは他の臓器へも転移していて、末期だった。
呼吸が止まってしまったじいちゃんのおでこを触った。まだ少し温かい。でも、きっともうすぐ冷たくなってしまう。
じいちゃんの温かみが死んでしまう。
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