第8話 オーランの秘密

「そっちも倒したようだな」


 ルーファスたちがオーランの所へとやって来る。


「頑丈さだけが取り柄のゴーレムだったな。少々拍子抜けだ」


 続く彼の言葉にダガートは頷き、ゼフィアは肩を竦める。メラニーは黙ってオーランたちを見ていた。


「王都でも指折りの冒険者パーティは言うことが違うね」オーランが苦笑する。「ルーファスたちに頼めてよかったよ」

「お主も大概じゃろ。こ奴、相当堅かったぞ。それを一撃とはの」


 真っ二つになったゴーレムを見ながらダガートが言う。その顔には呆れた表情を浮かべていた。


「ねぇ。本当にあなたは何者なの?」メラニーが口を開く。「あたしの知ってる探知師ダウザーは魔術を使うことはあっても、こんなふうに一人でゴーレムを倒したりはしない。それにファルサよ。姿を変える使い魔なんて、今は亡き大魔術師アーチメイジヴァーノンくらいしかあたしは知らない。しかも同じ名前よね」


 メラニーの言葉にルーファスとダガート、ゼフィアは互いに顔を見合わせた。


「さすが魔術師。詳しいんだね。ならヴァーノンに弟子が三人いたことも知ってるよね?」オーランが口を開いた。

「もちろんよ。ダンジョン管理協会の長であるクィントン。他国で宮廷魔術師をしてるペルギル。王都の魔術学院で教鞭を振るうヴィータ。彼が弟子をとったのは生涯でその三人だけ。それが?」

「……じゃあ、ヴァーノンには養い子がいたことは?」

「知らないわ。なに養い子って?」


 メラニーが怪訝そうな顔をする。だがすぐに何か思いついたらしく、驚いた表情になる。


「え……まさか」

「そう。養い子は僕さ。僕はヴァーノンに拾われたんだ。ダンジョンの中でね」

「おい、言っていいのか?」ファルサが口を挟む。

「いいよ」オーランはファルサの方を見る。

「なんでぇ。俺様が言おうとすると止めてたくせに」

「もうここまで見せたんだ、黙っておいてもしかたがない。それにメラニーはルーファスたちの仲間だろ? いずればれるさ」メラニーへと視線を戻す。「ファルサは正真正銘、ヴァーノンの使い魔だよ。僕のじゃない」

「ちょっと待って。どういうこと? ダンジョンで拾われたって……」


 情報量の多さにメラニーは混乱する。

 魔術師であれば大魔術師ヴァーノンの名を知らない者はいない。変幻自在と言われた彼の使い魔と三人の弟子のことも。

 だがそのヴァーノンに養子がいたというのは初耳だった。更にその子はダンジョンで拾われ、使い魔を受け継いでいることも。


「ヴァーノンの大迷宮ってあるよね?」

「ええ」


 ヴァーノンの大迷宮。大魔術師がその生涯の最後に造ったと言われるダンジョン。

 現在ではダンジョン管理協会の本部となっている。


「ヴァーノンが迷宮型のダンジョンを造る前、まだ迷穴型だったダンジョンの中に僕はいたんだ」

「迷い込んだの?」

「いいや。言葉通りさ。僕は未発見のダンジョンの中で生活していたんだ」

「え?」


 ダンジョンは迷脈めいみゃくという魔力マナの流がある所に造られる。だがダンジョンがあるのは迷界めいかいと呼ばれる、重なり合った別世界だ。そして未発見のダンジョンということは迷界への出入り口であるゲートは存在しないということだ。


「ダンジョン……いえ、あなた迷界で生まれたの? でも迷界に人なんて……」


 迷穴型のダンジョンは迷脈の豊富な魔力マナの影響で独自の生態系が構築されることが多い。魔物や植物が生息する以上、ダンジョンの中で生きていくことはできるのだろう。だが外界と一切繋がらないゲートのないダンジョンで、人間が生活していたという話は聞いたことがない。


「分からない。物心ついた時にはダンジョンの中にいたんだ。それ以前の記憶はない。両親もいたのかすら覚えていないんだ」

「……そんな」


 オーランの言葉にメラニーは少なからずショックを受けていた。


 ――それでも門がない理由にはならないよ。出口のないダンジョンに籠もりっぱな

しってのは……まぁ、普通は無理だから。


 そしてゴーレムと戦う前、オーランが言った言葉が思い出される。妙に歯切れが悪かったのは、自分という特殊な事例があったからだったのだ。


「でも、ダンジョンの中でどうやって……」


 生きていたというのだろうか。魔物を倒し、食料を得ていたというのか。それならばオーランの強さも理解できる。だが子供が一人で生きていけるほど甘い環境だとはメラニーには思えなかった。


「僕がその場にある魔力マナを望んだ形に変換できるってのは、もう知ってるよね? 僕は魔力マナを自分の糧にすることができるんだ。逆に言えば、魔力マナしか糧にできない。そりゃ普通に食べたり飲んだりはできるけど、それだけじゃ生きていけないんだ」

「それで魔力マナが濃いと調子がいいって。でも、それだと外にいる時は大変なんじゃ……」


 魔力マナとは世界に存在する、不定形且つ不確定のエネルギーだ。主に迷脈と呼ばれる場所に多く存在し、それ以外の場所にはあまり存在しない。

 また、中には生まれつき魔力マナを持つ生物も存在する。魔術師メイジとなるのはそういった者たちだ。そして魔術師は呪文という手段を使い魔力マナの形を確定して現象を起こす。


「うん。普段は探知杖ダウジングロッドが場の魔力マナを掬い集めてくれてるからね。そこから補ってる」

「あと、非常用に俺様の魔力マナもあるしな」ファルサが何故か得意気に言う。

「でもダンジョンくらい魔力マナの濃い場所だと常に足りてるからね。調子もいいし、外と違って動くのもすごく楽なんだ」


 オーランは笑ってみせる。彼の血色がいいのはそのせいだったのだ。のみならずあれだけ咳き込んでいたのに、ダンジョンに入ってからは一度も咳いていないことに今更ながらメラニーは気づいた。


「……もしかして探知師ダウザーをしてるのは、自分で住むためのダンジョンを造る為に?」

「そいつにはもう家があるぜ。ヴァーノンの大迷宮っていう、とびっきりの大豪邸がな」


 ファルサが茶化すように言う。その言葉にメラニーは驚いた表情になった。


「え、でもあそこはダンジョン管理協会の本部なんじゃ……」

「別に僕が所有者ってわけじゃないよ。部屋があるってだけで」

「なら、なんでわざわざ探知師なんてしてるの? ダンジョンに住んでいれば苦しい思いなんてしなくていいのに」


 戸惑うような様子のメラニーに見つめられて、オーランはばつが悪そうに頭を掻いた。


「あそこにいると、色々と窮屈なんだ。それに――」一度、言葉を止める。「ヴァーノン……爺ちゃんがね。外の世界を見せたがってた。僕は魔術師にはなれなかったけど、外に出て世界を回る。それが僕を拾って育ててくれたせめてもの恩返しだと思うから」


 そう言ったオーランはどこか寂しそうだった。メラニーの表情が優しく柔らかいものに変わる。


「それはきっと……いい恩返しになるわね」


 メラニーの言葉にルーファスが虚を突かれた表情になる。だがすぐに笑顔を浮かべた。


「うん」

「さて。話もひと段落ついたみたいだし、拝みにいこうじゃねぇか」


 ルーファスが声を掛ける。五人と一匹はゴーレムが守っていた扉の方へと視線を向けた。

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