第3話 仲直り

 宿泊部屋へと駆け込んだメラニーはベッドに倒れ込んだ。二つある内のベッド一つ。ゼフィアとの二人部屋だ。


「……またやっちゃった」


 俯せのままメラニーは呟く。

 自分はまだ冒険者としても魔術師メイジとしても駆け出しだ。あのオーランという探知師ダウザーはルーファスたちとの付き合いが長いという話だった。だから知り合いの、しかもベテラン冒険者であるルーファスたちに比べて頼りなく見えるのは仕方ないと理解している。

 それに対して不満を持つのは、子供じみた感情であることも。


「せっかくお祖父じいさまの紹介で入ったのに」


 祖父であるシェリダンは、冒険者の中でも名の通った魔術師だった。常に最適解の魔術支援をしてくれる魔術師。彼がパーティにいれば仲間の力は何倍にも引き上げられると言われたくらいだった。

 そんなシェリダンに憧れて、メラニーも魔術師になった。そして冒険者への道を選んだ。

 だが、現実はそんなに甘くはない。


「なんで、お祖父じいさまみたいにできないんだろう」


 決してメラニーに魔術の才能がないわけではなかった。ただ彼女の勝ち気な性格が、シェリダンのように周りを見て陰から支援するという行為に向かないのだ。なのにシェリダンの真似をしようとして失敗する。

 冒険者になって二年あまり。早ければ十日。長くとも三ヶ月。どのパーティとも喧嘩別れをしていた。

 ――コンコン。

 控えめなノックの音がして、すぐに扉が開いた。


「メラニー?」


 ゼフィアがメラニーの横にやって来て座る。メラニーは俯せのまま動かない。


「オーランもね、悪気があって言ってるわけじゃないの。新規のダンジョンは何も分かってないから、本当に危険なの。彼はそれをよく知ってるから、わたしたちを心配してるのよ」


 ゼフィアの声はどこまでも優しい。子供に言い聞かせている母親のようだ。


「……ゼフィアも心配?」

「心配ね」

「っ!」


 それはお祖父さまじゃなくてあたしだから? 反射的に出かけた言葉を、メラニーは唇を噛みしめて止める。頭側に投げ出した両手の拳が握りしめられた。


「でもそれはあなたがいるからじゃないわ。シェリダンがいても同じ」


 そんな彼女の様子をゼフィアは見逃さない。口にしなかった言葉とメラニーの感情を咄嗟に理解する。


「え?」


 メラニーが起き上がってゼフィアを見る。


「言ったでしょ。新規のダンジョンは本当に何があるか分からないの。わたしたち冒険者はね、気の緩みが命取りになることが多い。だから心配してあらゆる可能性を考えて準備をする。それが冒険者を長く続けるコツ。

 それはあなたも知ってるわよね?」

「……うん」


 メラニーの返事にゼフィアは満足そうに両手を合わせる。


「ならまず、ここで心配を一つ減らしましょう。謝れとは言わないわ。けどオーランとは仲直り。ね?」

「…………」


 メラニーは答えない。複雑な表情を浮かべてゼフィアを見つめている。


「それともギスギスしたままダンジョンに潜りたい?」

「……それは嫌」


 仲間割れしたままダンジョンに潜ることの危険性はメラニーもよく理解している。というか経験済みだ。あやうく全滅しかけた。


「……明日でもいい? 一度寝て、頭を冷やしたいから」


 上目遣いにゼフィアを見る。その様子は拗ねた子供のようだ。ゼフィアはくすりと笑い、頷いてみせた。



        ☆



「あ、あの――」

「昨夜はすまなかった。君のことを……コホッ、よく知りもせずに」


 メラニーより先にオーランが頭を下げた。言葉を発しかけたメラニーの口が、所在なく閉じられる。


「決して……コホッ、君を足手まといだと思ったわけではないんだ。許してほしい」

「……いいわよ、別に。あたしもちょっと偉そうだったし、おあいこ。だから頭を上げて」


 メラニーの言葉に、オーランはゆっくりと頭を上げた。血色の悪い顔にホッとした表情を浮かべている。


「よかった。これからダンジョンの調査が終わるまで、よろしく」

「よ、よろしく」


 オーランから視線を逸らしながらメラニーが言う。

 そんな二人を残りの三人が見ていた。ルーファスがゼフィアに視線を投げる。ゼフィアはそれにウィンクで応えた。

 五人は〝竜の酒蔵亭〟にある食堂兼酒場に集まっていた。昨夜と同じ丸テーブルに座っている。


「さて、朝飯を食ったら今日は必要な装備を揃えるぞ。見つけたダンジョンまではどれくらいだ?」


 ルーファスの問いかけに、オーランは少し考え込こんでから口を開いた。


「行こうと思えば一日でいけるけど……コホッ、ゲートは森の中にあるから外で一泊した方がいいかな」

「じゃあ行きと帰りで二泊。調査は一日分を予定してるからもう一泊。予備も含めて六日分の食料とダンジョン用の装備だな」

「やれやれ。しばらくは干し肉ばかりじゃな」

「森に入れば狩りもできるわよ?」


 ぼやくダガートに向けてゼフィアが言う。


「なら食料は四日分に抑えるか?」とルーファス。

「出来ればワインは多めに欲しいのう」

「そうね。水は森に入るまで手にはいらなそうだし」


 テーブルに並んだ朝食を取りながら、ルーファスたち三人は打ち合わせを始めた。


「ねぇ」


 話に入れなかったメラニーが、同じく蚊帳の外で食事をしているオーランに話しかける。


「なんだい?」


 オーランが顔を上げる。彼は固いパンを薄いスープに浸して柔らかくしているところだった。その横ではファルサが固いままのパンの欠片を突っついている。


「あたしは別に探知師ダウザーを莫迦にしてるわけじゃないから」

「けっ、どうだか。お前ら魔術師メイジは偉そうなやつが多いからな」

「ファルサ」オーランがたしなめる。「その話なら……コホッ、気にしなくてもいいよ。僕が魔術師のなりそこないなのは……コホッ、事実だし」


 そう言ってオーランは苦笑いを浮かべる。笑ってはいるが、その瞳はどこか寂しそうだ。


「だからそんなふうに思ってないってば。探知師だって魔術の呪文は扱えるでしょ?」

「あ……と。僕は呪文を使えないんだ。というか……コホッ、僕自身は魔力マナを持っていない。探知杖ダウジングロッド魔力マナを集めてくれては……コホッ、いるけど……」


 オーランは悪戯が見つかった子供のような表情を浮かべた。


「え? 嘘。魔力マナがないの? 呪文を知らないとかじゃなくて?」

「うん。探知ダウジングは……コホッ、道具があればできるからね」

「でもゲートは? あれは呪文を使わないと造れないはずでしょ?」


 ダンジョンは迷脈という魔力マナの集まった場所にできる。だがダンジョンそのものはこの世界にではなく、迷界めいかいと呼ばれる重なり合った別の世界にできる構造物だ。その為、ダンジョンに入るには迷界と繋がるためのゲートを造る必要がある。

 そして空間を繋ぐゲートの造成はもともと魔術の領分であり、呪文を使う。


魔力マナさえ充分にあれば、こいつに呪文は必要ねぇよ。なんせこいつはダンジョンう……フガ」


 ファルサのくちばしをオーランが横から掴んだ。ファルサは翼をばたつかせて抗議する。


「ファルサ。君は少し口を閉じてろ」


 くちばしを掴んでいるオーランの手が光った。ファルサの動きが止まり、へなへなと机の上にうずくまる。


「オーラン……お前ェ、急に魔力マナを持って……くんじゃねぇ」

「もっと貰おうか?」

「……悪かったよ」


 ファルサはうずくまったまま、そっぽを向いた。

 メラニーは呆気にとられた様子で一人と一匹のやりとりを見いる。


「えっと……?」

「ああ、ごめん。企業秘密ってことで。まぁ、ダンジョンに入ればれちゃうけどね」


 悪戯っぽい笑顔を浮かべてオーランは言う。彼の血色は心なしか良くなっているように見えた。

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