約束

紫陽花の花びら

第1話

 黒髪が、優しい風に吹かれている。

君はそれがちょっと鬱陶しいんだね? きっと、君は眉をひそめているに違いない。 

そして黒縁の眼鏡を押し上げるんだよね。

少しだけ重そうに見えるのは、

きっと君が華奢なせいなんだって思っているよ。

フレーム変えないのは、あれだろう? 俺が好きだって言ったからだよな?

でもな、どんな君でも好きだから安心しろ。

 ところで何を真剣読んでいる? 

そっとそっと後ろから近く。

あと一息だったのに! 君は振り返り、

「ずっと知ってたよ……いつ来てくれるかなぁって……」

俺はその憎らし口を唇で塞いでやった。

 君は少し驚き、少し笑顔で

「恥ずかしいよ……」

唇を擦りながら俯く。


隣に座る。

「何を読んでた?」

「教えない……」

「知ってるから、別にいい」

「なら、なんできくの?」

「……煩い!」

「怒ったの?」

「バ~カそんなことで怒りゃしないさ」

「よかった……」

「こうやって、どうでも良いことを、沢山話していたい」


 真剣な眼差しで見つめてくれる君は、小首を傾げて

「う…ん。そうだよね、時間がないものね。僕たちには」


あっ……まただよ……


この話になると決まって、決まって空が泣くんだ。


 君は立ちあがると手を差し出す。

「行こう! まだ涙に濡れるのは嫌だからさ」

俺は君を抱きしめ傘をさす。

「そうだ。お前はまだここにいる」



 優しい風が吹いてる。


誰もいないベンチに……


どんなに音を立てても、振り向く

君はいない。


ドッカとそこに腰を下ろし、開く

君の書いた本!


「逢いたくなったら、開いて欲しい」


なんだよこれ! 逢いたくなったら?


ふざけるなよ……1秒もそう思わないときは無い! 逢いたい!


「僕らは愛し合っていた。それが今は、嬉しいような、悲しいような。君を置いて行きたくない。

連れて行きたい! 我が儘なのは知ってるさ。でもねそれは、僕が寂しいのはもちろんなんだけど、君がとても心配なんだよ。ちゃんと生きてくれるかな? 泣いてばかりいたらどうしようって……考えるだけて苦しくなるんだ。ほら、もう泣いてる」


バカ!泣いていないよ……泣いて……苦しいよ……

「ねぇ……ちゃんときいてくれる? 愛してるよ! 心から愛してる。それは変わらないんだよ。信じて! それでね、僕神様と契約為たんだ。寿命を少しだけ縮めても良いから、君の記憶から僕を消してい欲しいって。心臓を差し出すことも約束為たんだ。ごめんね。でも、これで心おきなく空に登って行けるよ。じゃぁ……またね! 最後に僕からの贈り物は、

僕史上最高のキスを送ります」


あ~あ~酷いじゃないか! 俺の気持を考えたのか? 

おい! おい! 帰ってきて……


冷たい……冷たい……

空からの雫が俺のそこここに染みこんでいく。


どうでも良い。

空から落ちてくる雫なんて

どうでも良い。


 あれから数年の時は流れたが

俺は……君を愛してるよ。

何も変わらないよ。

また空からの雫が落ちてくる。

なんなら、空ごと降ってくれば良い。

そして俺を押し潰せよ!


「大丈夫ですか?」

俺はずぶ濡れで倒れていたらしい。

「大丈夫ですか? さあ風邪引きますから」

 差し出された手の温もりが懐かしいのは何故? 傘に引き入れられた俺は思わず

「有難うございます。初めまして、僕は……」

「あっ……いや、初めまして……です」

僕は知っているよ。

いや……僕の心臓が知っているんだ。

君と愛し合っていた事を。


さあ、ここからだね。

そう……二人の物語は、これから

始まるんだよね。


まだまだ時間はある。






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約束 紫陽花の花びら @hina311311

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