第17話 クローシェの兄

 クローデッド・ド・ブラド。

 長身の細身の男だ。


 一つ一つのパーツが美しく配置されていて、パッと見た印象は相当な美男子。

 墨を流したような黒い長髪を紐で括り、右の目に眼帯がつけられている。


 黒狼族ブラド傭兵団の後継者候補としていくつも戦場を流れ、時には団長に代わって指揮を取ることもある優秀な男だった。

 武芸の腕前も非常に優れていて、最強を自負しているエアでも、油断はけっしてできない相手だった。


 いまも立ち姿には一分の隙もなく、腰に下げた長剣を瞬時に抜くことができる。


 クローデッドは、クローシェとエアの姿を見るとニコリと破顔した。

 探していたと言うし、会うことができて素直に喜んでいるのがエアには分かった。


 家族愛の強い黒狼族だ。

 クローシェのことを本気で心配していたのだろう。


「おおお、お兄様、どうしてここに!?」


 対して、大焦りもいいところなのがクローシェだ。

 目を見開き声は上ずり、平静でないことは明らかだった。

 心臓の音もうるさいぐらいにバクンバクンと鳴り響いている。


 およそ、奴隷になった経緯を知られたくなくて仕方がないのだろう。


 臭いで相手の感情を読むことに長けている種族なのだから、自分の感情を操作することにもう少し慣れていても良いものだが、クローシェはこの辺りとても素直だ。


 ストレートに感情を表し、隠しごとができない。

 それが美点でもあるが、今はあまり状況が良くない。


 実際、いまもクローデッドが怪訝そうな顔を浮かべて、首を傾げている。

 それでも大切な妹への信頼が勝ったのか、さきに返事をすることにしたらしい。


「どうしても何も、王都にたどり着いたって連絡が着てから、ずっと音沙汰がなかっただろうが。初めての都会で舞い上がってるだけならいいが、騙されちゃいないか心配になったんで、わざわざ足を運んだんだ」

「そ、そうでしたのね。わたくしがそんな騙されるようなこと、あるわけありませんわ!」

「いいや。お前は普段は思慮深いが、咄嗟の機転は効かないタイプだ。予想外の出来事にはテンパって、事態を悪くする悪癖がある。本当に大丈夫だったのか?」

「モ、モチロンデスワ」


 オホホホ、と笑う声が白々しいこと、聞いていられない。

 これでは何かありました、と白状しているようなものではないか。


 クローデッドの目が鋭くなったのを、エアは見逃さなかった。


 クローシェのオロオロする姿を見ているのはエアは好きだったが、同時にこのまま事態を進めたら、マズイことになるのは明白だ。

 少なくとも、渡という当事者を抜きにことを進めるのは良くない。


 貸し一つだからね、と思いながら、エアは身を乗り出した。


「お兄さん、アタシたち、人を待たせてるから、先に合流して良い? お兄さんだって、クローシェとつもる話もあるだろうし」

「おっと、そうか。それは失礼」


 クローデッドは軽く謝った。

 前述の通り、黒狼族と金虎族はお互いにそれなりの交流がある。


 エアもクローデッドとはよく見知った仲だ。

 エアたちの事情を優先してくれる程度の配慮は示してくれた。


 ギエンに礼を言って、道場を離れる。

 それなりにしっかりとした疲労に全身が包まれていたが、エアは油断も隙もない。


 隣を歩くクローデッドの様子を窺うが、やはり相当な猛者だった。


「でも、本当にクローシェを探すためだけに来たの? たしかに犬可愛がり・・・・・じゃないけど、溺愛してるクローシェのためとは言え、わざわざ国を離れてこっちまで来るなんてちょっと違和感があるんだけど」

「よく分かるな。仕事の話があったんだ」

「え、なになに。こっちでも戦が起きそうな感じ?」


 ヘルメス王国で戦が起きる予兆など、なにも聞いていない。

 今代の王は平和路線で有能、国力も相当高まっているはずだ。

 もしあるとすれば大国同士の争いになるだろう。


 エアの質問に、クローデッドは首を横に振る。


「いや……。悪いがエアちゃんにも、仕事の内容は話せない」

「えー、固いなあ。いいじゃん、アタシとお兄さんの仲じゃん」

「お、お姉様……!? どういう意味ですの!?」

「どういうって、幼馴染みたいなもんでしょ」

「ククク……相変わらずエアちゃんにベッタリだな」


 クローデッドが笑い、少し警戒を下げたのが分かった。

 まあ、まさか自分の妹がエアの手によって奴隷に堕ちたなど、想像することはできなかっただろう。

 少々のトラブルに巻き込まれていても、エアとクローシェの二人なら大抵の問題は片付けられるはずだ、などと安心している気配があった。


 さてさて、主と会ったら、そして経緯が分かったら、どういう反応をするのか。

 トラブルを愛するエアだが、大きな問題にならなければいいけどな、と少し心配になった。



――――――――――――――――――――


 さて、次回は渡とクローデッドの邂逅です。

 これで何も問題が起きないはずもなく……?

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