第13話 山の管理人 中
徹に連絡を取ってもらい、実際に顔合わせをしてみることに決まった。
近場の喫茶店に出向いて話をする。
「喫茶店を経営してるのに、別の店に行くのも不思議な感じだな」
「仕方ありません。まだ面識もない人に、わざわざ情報を与えることもないでしょう」
「情報は与えなければ、バラされない。戦いでも一緒」
渡の苦笑に、マリエルとエアが真面目な顔で意見を言う。
事前にそれらの意見を容れたからこそ渡も従っていた。
「まあ、ほかの喫茶店のコーヒーの味も研究させてもらうか」
「わたくしはスイーツの勉強をしますわ」
「クローシェさんはぁ、ただ食べたいだけじゃないんですかぁ?」
「ス、ステラさん!? とんだ誤解ですわよ!?」
個人経営の少し広い、だが特別賑わってはいない店に入って、男を待った。
渡はマリエルと二人で座り、エアたちはすぐ近くの席で待機していてもらう。
初対面の面接にあまり大量に待ち構えていたら、驚いてしまうだろうという当然の配慮だった。
エアが早速ミックスジュースとパンケーキを頼んでいて思わず笑ってしまった。
何を注文しても構わないと言っていたのだが、欲望に正直だ。
渡がホットコーヒーを頼んでちびちびと飲み始め、ほどなくしてジャケットを着た六十歳前後の男が入ってきた。
白髪交じりの温厚そうなメガネの男性で、渡の顔を見るとすぐに近づいてくる。
「堺さんでよろしいでしょうか?」
「はい、そうです。堺渡です。こちらうちの秘書のマリエルです。只野さんですね? よろしくお願いします」
「ああ、良かった。はじめまして。よろしくお願いします。ひと目見てすぐに分かりました。若い頃の部長にそっくりです」
「そうなんですか?」
「ええ」
細面の事務方といった体型で、一目見るからに温厚そうな笑みだった。
注文を取りに来た店員にホットコーヒーを頼むと、楽しそうに自己紹介をはじめる。
「部長――堺さんのお祖父さんには、私が若い頃にすごくお世話になりました。とても可愛がってもらいましてねえ。報連相の仕方からメモの取り方、厄介な上司の受け流し方、それに飲めない私に酒の席の過ごし方まで指導してもらいました」
「そうですか。あまり仕事場での話はしない人でしたけど、実際どんな様子だったんでしょう?」
「すごく優秀な人でしたよ。うちは紡績を取り扱う会社で、海外の工場に出入りして直接仕入れるんですが、仕入れの質と料金を安定させるのって大変なんです。東南アジアの工場の何社かは特にいい加減だったり、揉めることも多くて……。部長でなければ纏められない商談がいくつもありました」
「へえ……」
徹は渡にとってはとても優しい祖父でしかなかった。
特に退社してからは、悠々自適の菜園生活を続けていただけに、特別有能な印象もない。
只野から聞く祖父の一面は面白かった。
マリエルがそっと袖を引いたことで、渡は本題を思い出す。
「それで、只野さんはどうしてうちの仕事を手伝ってくれることになったんですか?」
「先年うちの祖母が認知症になりましてね。それで介護に専念しようと思ったんです。会社が早期退職者を募集していたので、退職自体はスムーズに行ったのですけどねえ……」
「どうかされたんですか?」
「介護をはじめて翌年に肺炎でころっと逝ってしまいましてね。まあ苦しむこともなかったんで良かったんですけど、急に手が空いてしまいまして。早期退職した以上、元の会社にも戻りづらく、かといってこの年ですからね。新規採用といってもガードマンとかでしょう? 仕事に貴賤はありませんが、向いてるとも思えずブラブラしてたところ、部長にお声掛けいただいたわけです」
トホホ、笑う只野だったが、言っているほどには非痛感は見られない。
悲しみも辛さもふんわりと包んでしまう包容感がある。
「山の管理をお願いするんですけど、大丈夫ですか?」
「若い頃はボーイスカウトをしてましたし、登山が趣味なんです。槍ヶ岳とかにも登ってました。過信できないのが山ですが、それでも普通の人よりは分かっているつもりです」
「それは心強いですね」
日本一〇〇名山の一つで、非常に難所があることでも有名な山だ。
畑仕事自体は、薬草がかなり繁殖力が強いため、よほどの失敗をしなければ大丈夫だろう、と徹からは言われている。
経験の有無はこの際とやかくは言わない。
畑仕事は慣れることができるが、舌の軽さは訓練では身につかない。
徹の信頼だけでも十分な判断材料になりえたが、渡が目の前で見ても、その判断に揺らぎは生まれなかった。
「住まいは河内長野市ですか」
「はい。長年通勤に車は運転していたので、ある程度の距離なら通勤に支障はありません」
通勤頻度、給料、仕事内容と重ねて質問していくが、特に問題は見当たらない。
そもそも一番大切な判断材料が信頼性の部分だったのだ。
そこさえクリアできたら、後はよほどでなければ頼むつもりだった。
「なるほど。うーん、後はなにか聞くことはあるかな」
「失礼します。只野さん、当社の商品は、今後非常に貴重な薬の素材になると考えられます。そのため、具体的な職場や仕事内容について、口外することは許されません。それを守る自信はありますか?」
「あります。私は事務方でしたが、企業秘密を漏洩したことはありませんし、その点は口が酸っぱくなるほど部長にも重ねて指導を受けました。知ってます?
「うわあ……エグいな」
酔わせて美女を置いてと、口を滑らせるには一番の環境だ。
只野がそういった過去を乗り越えているからこそ、渡に紹介してくれたのだろう。
祖父の優しさが身に沁みる。
渡は隣のテーブルに座ってむしゃむしゃとオムレツとサンドイッチを食べていたエアとクローシェを見た。
完全に食べることに夢中になってやがる、と思ったが、ちゃんと話は聞いていたらしい。
渡を見ると、コクリと頷いてみせた。
言葉でも、体の反応でもシロなのだ。
この人は、きっと信頼できる。
さっそく仕事を頼むことを決めた。
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あと、だいぶ以前にコメントがあったので一応補足しておくと、堺徹(祖父)には異世界要素は関係なく暮らしてきました。
両親についてはあったかもしれないし、なかったかもしれません。
本日カクヨムからリワードをいただきました。
ギフト数も含め、過去最高額になってて、すごく嬉しかったです。
これも応援いただいてる皆様のおかげです。
ありがとうございました。ギフトも待ってます。
リワードはSkebでのイラスト依頼に使おうと思います。
現在、マリエルとエアのイラストを依頼し納品待ちです。
Skebじゃなくスケベすぎた場合は、申し訳ないですが、Ci-enでの公開になりそうです。
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