第11話 曝露の代償 後

 早速、安高は連絡を取り始めた。

 某国は連絡手段として、メッセージアプリは日本国産の最大手RIMEではなく、エンドツーエンド暗号化機能を用いたPORTを用いるように要求してきた。


 PORTはユーザー同士が個別の暗号表を持っているようなもので、第三者がデータを取得しても、そのままでは内容が分からなくなっている。

 秘匿性が高いということで、情報機関はもちろん、昨今では闇バイトや暴力団でも使用するケースが増えているツールだ。


 安高は少しでも高く情報を売りつけるため、まずは小出しにすることにした。

 素晴らしい治療法が発見されたこと。

 すでにプロスポーツ界や芸能界、政財界の一部に利用者がいることを伝えた。


 某国は国の威信を高めるために、スポーツの成績には非常に力を入れている。

 何よりもトップの人間が若さを求めないはずがない。

 必ず食いつくはずだった。


 だが、肝心の提供元についてはまだ秘密を貫いた。

 自前の諜報員を使われてしまえば、お金に換えられなくなる。

 日本がスパイ天国だという話は、安高だからこそよく知っていた。


 安高の強欲によって、かろうじて渡の秘密はまだ守られていた。


 渡の情報と、可能ならば治療法の特定、そして薬の実物を手に入れたい安高は、渡の尾行を再開した。

 最悪、自宅や喫茶店に忍び込む覚悟も決めていたが、捕まりたくはない。

 これは最終手段とするべきだろう。


 まずは決定的な瞬間を写真に収めることだ。


 地道に張り込み、渡が外出する瞬間を待つ。

 渡たちがよく、決まって同じ方向に向かうことは掴んでいる。


 自宅から徒歩数分に、なにか大量の荷物を運んでいる。

 どうも偽装のためか、わざわざ砂糖袋などに積み込んでいるが、あれが薬なのだろう、と安高は睨んでいた。


「くそ、あいつ等どこに行きやがった! あ゙~~ッ! 念を入れてずっと見てるはずなのに、どうして撒かれてしまうんだっ!?」


 尾行が決まって撒かれる場所があった。

 ふと気付いたら、いつも姿を見失ってしまうのだ。


 美女をずらずらと引き連れてあれだけ目立つのに、どうして見失うのか。

 安高は自分の目がおかしくなったような気がして仕方がない。


「ん? こんな所に汚え地蔵があるじゃないか。お前が邪魔だから見落としたんじゃねえか!?」


 苛立つ気持ちをそのままに、ムシャクシャとしていた安高は、地蔵を蹴り上げた。

 罰当たりなどと気にする余裕もなかった。


「くそが! 邪魔なんだよ! 邪魔!」


 腹立たしさを暴力に代えて、ガンガンと何度も蹴り続ける。

 地蔵が衝撃に震え、表面に靴の汚れが付着する。


 何度も強い衝撃にさらされたせいで、土台部分が緩み、石の一部がポロリと欠け落ちた。


「はあっ、はあっ! くそ、落ち着いて――」


 ――あいつ等を探さないと。

 でないと、俺は破滅してしまう。


 言葉を最後まで言うことはできなかった。

 突如光が安高を包むと、次の瞬間には、これまで見たことのない景色に移り変わっていたからだ。


「な、なにが起こった?」


 安高は知る由もないが、そこは異世界、南船町だった。

 キョロキョロと辺りを見渡すが、ここが何処なのか、そしてどうして自分がここにいるのかまるで理解できない。


 ゲートを渡った渡たちと違うことは、すでに安高は祠もゲートも・・・・・・認識・・できなくなっていた・・・・・・・・・ことだ。


 少しでも見覚えのある土地を探し求めて、安高は路地を歩き始めた。

 後ろ暗い生活を続けてきた安高の足は、自然と大通りではなく、裏通りへと進んでいく。

 それが破滅へと一方通行とも知らず。


 だが、路地がどんどんと細く、薄暗くなってきたことで、さすがに安高も不安が強くなったようだった。

 はあ、ふうと息を荒くし、びっしょりと全身が汗に塗れる。


 ある意味では常識的な人間だった安高は、自分が天王寺から西成区に入ってしまっていて、しばらく歩けば駅なりの何処かにでると信じていたのだ。

 見慣れないのは飛田新地にでも来たのだろう、などと自分をだましだまし歩いていたのだが、とうとう目の前に起きた現実を受け入れるしか無くなっていた。


 そして不安と緊張から、ふと通りを歩いていた人物に、不用意に声をかけてしまう。

 これまで少しもすれ違わず、遠巻きに見られていたというのに……。


「おい、ここはどこだ?」

「ん、どうしたんだ? 迷子か?」

「おい、バカ野郎! 何言ってるか・・・・・・分からねえ・・・・・よ。もっと俺に分かるように言え!」


 時と空間の神から・・・・・・・・加護を与えられていない・・・・・・・・・・・安高には、異世界人の言葉が理解できない。

 不安と恐怖を隠すために、虚勢を張ってつい余計な一言を言ってしまう。


「それにその格好はなんだ、ふざけやがって。もうハロウィンは終わってるんだ。いったいいつまで気ぐるみ着てコスプレしてんだ、この汚え羊野郎」

「あん? テメエ、俺を侮辱しやがったなっ!!」


 だが、その失言は致命的な過ちになった。

 様々な亜人種族が集まる異世界において、あるいは地球以上にそれぞれの種族への侮辱はタブー視されている。


 白羊族の獣の性質が強く出ていた彼は、器用に手を使って物を作ることはできず、言葉を流暢に扱うのも難しい。

 顔だけでなく手や足も人とは違うことで、中々いい職にありつけず、望まないながらもスラムにほど近い地域で生きてきた。

 だが体は頑健だし、力だって強い。

 最近は荷運びの仕事を黙々とこなしてきた。


 だが、気ぐるみなどとバカにされて黙ってはいられない。

 安高は特大の地雷を踏みぬいたのだ。


「おい、きてくれ! このクソ生意気な異国人、俺を襲おうとしてきたぞ!」

「ん? なんだって?」


 白羊族の男の知り合いが瞬く間に集まった。

 スラムならばこそ、仲間の結束は強い。

 安高は周りを囲まれたことで、強い危機感を抱いたが、すでに遅かった。


 周りからボコボコに殴り倒される。

 そのどれもが、コスプレではすまないリアリティに満ちた異形の持ち主だった。


「こいつ、俺の種族を、種族をバカにしやがった!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。ぐっ!? わ、悪かった!」


「おい殺すなよ。殺したら売れなくなる」

「人として最低限の礼儀も守れないやつなんだ。最低保証の奴隷にしてやろう」

「それはいい! 知り合いの奴隷商に売れば酒代には困らないだろう」


「……やめ、止めでぐれ! ぐぶっ!?」


 急に、この世界の存在と、渡の関係に天啓が走った。


 ああ……。これが、堺の秘密だったのか。

 特大のネタだったが、手を出すべき存在じゃなかったんだ……。

 失敗した……。


 さらに何度も殴られ蹴られ、痛みとともに安高はゆっくりと意識を失った。




――――――――――――――――――――

 さて、安高の未来はどうなってしまうのか?(誰も別に期待してなさそう)

 海外情報期間とやらは、渡の正体に気付くのか?

 そして、欠けてしまったお地蔵様の影響はあるのか……?


 いつも感想や評価、ギフトいただいてありがとうございます。

 こうして更新できてるのも皆様のおかげです。感謝。


 次回!「山の管理人(仮)」です。

 お楽しみに。


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