第49話 化粧品
綾乃小雪。
第一線で活躍し続ける国民的女優の代名詞に相応しい相手だ。
デビューをしたのは二十歳のとき。
友達が事務所に応募するのに、一人では心細いから、と誘われて共に参加したのが始まりだ。
もともと素質があったのだろう、初出演で小さく話題になった。
そこからドラマのちょい役からサブ、メインへと昇格し、人気が出るのは驚くほど早かった。
小雪は主要な女優賞をいくつも獲得し、業界の顔になる。
自然な美しい顔立ち。
優し気で目がぱっちりと大きく、笑うと歯並びのいい口元がとても魅力的に映る。
スタイルも良くて、すっと伸びた姿勢は業界人が集まっても、自然と目を集めた。
デビューから十六年が経過した今、小雪の出演する作品の役が、少しずつ変化していた。
かつては女子高校や大学生の、少し前は働く若い女性として、そして今は母親役や時代劇の妻として。
時の流れは誰にとっても平等で、少しずつ老いていくのは避けられないことだ。
目じりや首元、手の甲といった場所に小皺ができてきていたし、二十歳頃に比べれば肌の張りや艶もなくなってきた。
小雪もその変化は認めていて、仕方がないことだと受け止めている。
それでも、その自然な流れの中で少しでも美しくありたい、老いに抗いたいと食事や運動に気を配り、美容効果のあることは色々と試した。
「ええ……本当の話なの?」
「マジだよ。僕の喉が治ったのは君も知ってるだろう?」
「それはそうだけど。でも聞いたことないわ」
そんな小雪だったからこそ、満の紹介には最初難色を示した。
そんなにうまい話が転がっているものだろうか、と疑問を抱いたのだ。
とはいえ、満には若いころに世話になった。
彼女が初めて主演したドラマの主題歌を提供してくれたのだが、間違いなく作品の評価を高める理由になった。
業界の先輩として、色々なことを教えてくれたし、気さくな態度に気を許していた。
かつて満は小雪の憧れの人物だった。
「実際に会って試してみてほしいんだ。そのうえで断るのは構わない。僕の顔を立てると思って、一度会ってみてくれないかな」
「若井さんがそこまでいうなら……いいわ」
「ありがとう」
「いいえ、どういたしまして。それと、復活おめでとう。また会える日を楽しみにしてるわ」
かつての満には彼女がいたし、満が事故で声が出なくなってからは、芸能界から姿を見せなくなった。
複雑な思いを込めて、小雪は満に祝いの言葉を述べた。
〇
渡の面会場所に指定されたのは、大阪の繁華街の一つ、天王寺からほど近い喫茶店だった。
だが看板はあるものの営業時間は不定期営業。
それどころか玄関には『一見さんお断り』の文字。
まったくやる気の感じられない店だった。
いったいどういう理由でこんな店を指定したのか。
あるいは隠れて密会するのに使われる特別な店なのか。
色々な想像が掻き立てられる。
小雪が扉を開くと、中はごくごく一般的な喫茶店の光景が広がっていた。
営業形態はともかく、中身はマトモなのかしら。
視線を走らせて確認すると、テーブル席に男が一人、女が二人いた。
カウンターには銀髪のとても美しい女性が立っていて、彼女が店を経営しているのだろうか。
男、渡が小雪に気が付くと軽く手を挙げて立ち上がった。
合わせる動きで、女性の二人も立つ。
こちらもとても美しい若い女性だ。
「どうもはじめまして、堺渡です。本日はお会いできて光栄です」
「はじめまして。綾乃小雪です」
「若井さんからお名前を聞いて、お会いできるのを楽しみにしてました」
「ありがとうございます。若井さんがね、私に絶対に気に入ると思うから、会うだけ会ってみろって言われて、来ました」
おや、っと小雪は意外に感じた。
これまで初対面の人と会って、大抵の人は浮ついたところがあるものだが、渡にはそれが感じられなかった。
同席している美女のためか、あるいは有名人と会うことが多いのか。
いずれにしても、これは商品も期待できるかもしれないな、と思う。
「実はね、この店、俺が商談用に経営してるんですよ」
「ええっ、そうなんです? わざわざそのためのお店を?」
「半分は趣味、もう半分はちゃんと実益もかねてですけどね。綾乃さんは珈琲飲まれますか? 採算度外視の趣味の味がしますよ」
「あら、楽しみ。ぜひいただきます」
「マリエル。珈琲を二つお願い」
「かしこまりました」
カウンターに立っていたマリエルがてきぱきと動き始め、やがて店内に香ばしい薫りが漂い始める。
ああ、いい薫りだ。
そう思うと、初対面の緊張がほっとほぐれるような気がした。
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今日は短いですが、これにて。
後半で販売と実演になります。(明日更新できたら明日します)
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