三章 飛躍

第01話 転移陣についての講義

 モーリス教授は真剣な目で、紙を見ていた。

 好奇心にあふれた輝きを灯していて、学者なのだなあ、と思い知る。


「まさか新しい転移陣が見つかるとはな。これは君が見つけたのかね?」

「そうです」

「ふうむ……異なことだ。だが、こうして相談を持ち込んでいるのだから、嘘ではあるまいが」

「間違いなく本物ですが、そんなにもおかしいでしょうか?」

「ふふふ、おかしいとも」


 モーリスに見つめられて、ドキッとした。

 この人はかなり深く知っている。

 だからこそ、相談に来ただけで渡について色々なことに気づいているのだろう。

 たったこれだけの時点で、どれほどの推測がされて、確信を持たれているのか、想像もつかない。

 彼我に圧倒的な知識量の差があった。

 こういう時は、質問される側に移ってはならない。

 あくまでもこちらが情報を聞き出す側に立つ必要がある。

 そもそも今日訪れた目的も話を聞くためということもあって、渡は質問を続けることにした。


「先生の話しぶりだと、従来の転移陣とは違うように聞こえます。どのように違うのでしょうか?」

「転移陣は二種類が見つかっている。神字にて書かれた内容によって、その効果が違うのだと推測されている。分かりやすく言えば、特定の陣同士しか行き来できないものと、複数の陣を繋いだものがある」

「なるほど。これはどちらなんでしょう?」

「分からないから不思議なのだよ」


 異世界に繋がっていることで文字が違っている可能性を伝えるわけにも行かない。


 渡が頭に思い浮かべたのは、複数の路線に乗り換えられる駅と、乗り換えができない駅の違いだ。

 転移陣というファンタジックな存在で考えると難しいが、仕組み自体は現代日本でも変わらないものがあるだけに、理解は早かった。


「教授、転移陣について教えてもらっても良いですか?」

「転移陣は神々の作った移動手段だ。神代から上古代には誰もが使っていたという」

「神代、上古代とはなんでしょうか?」

「君は歴史を知らんのかね」


 モーリスの呆れた表情が心苦しかった。

 おそらくは義務教育で習うような質問なのだろう。


「すみません。残念ながら歴史を学ぶ機会に恵まれませんでした。後日、図書館に行って勉強します」

「ご主人様は異国の生まれですので、このあたりの知識はありませんが、けっして」

「よいよい。『無知』と『無学』は違う。こうして知りたいと思い相談に来るものは『無知』である。だが、これまでの人生で気になったことを調べて生きてきた者は、『無学』とはいわない。学ぶ姿勢を持っているからね。私は無学なものは軽蔑するが、無知なものは軽蔑しない」


 深く教養のある言葉を聞いて、渡は自然と頭が下がった。

 渡は物書きをするときには、できるだけ調べるようにしているし、インタビューの時には、事前準備をするタイプだ。

 事前に調べておらず、ただただ相談しに来た人間に機嫌を損ねないというのは難しい。

 怒られるどころか認められるような言葉を聞かされて、この人は凄いな、と渡は尊敬した。


「恐縮です」

「君、感心している場合ではないよ。私はこれでも教授だ。勉学の必要性を教えて説くのは、ポジショントークのようなものだ。話半分に聞きなさい」


 ふふふ、とモーリスは稚気混じりに笑う。

 さて、とモーリスは前置きをして、講義の続きに入った。


「はるか昔、この地には神々が暮らしていた。神々が去るまでを神代と定める。そこから下り、多くの技術や遺構が残った時代を古代と呼び、さらに上中下の三つに分かれる。世界の国々が神々の力から、自分たちの力で運営されるようになり始めた、これを近代。そして今を現代と呼んでいる」


 モーリスが紙に講義内容を書いてくれた。

 神代|古代|近代|現代と書かれ、そこからさらに細分化する。

 ちなみに近代と現代の境目には錬金術がポイントになるらしい。

 この辺りも、後日調べておいた方が良いだろう。

 ポーションや付与について渡が関わる以上、避けては通れない知識だ。


「とても分かりやすかったです。転移陣は古代でも早い段階で使えなくなったのですね」

「そうだ。ある時を境に、使えるものは減少してしまって、今では少数の者しか使えない」

「どうしてそんなことになったんでしょう?」

「神代において、地上には今よりもはるかに多くの種族が入り乱れていた。その中には足のとても遅い種族も多かった。たとえば亀族とかな。時と空間の神は哀れに思い、足代わりになる転移陣を世界の様々な場所に置いたとされている。だが、中古代において、転移陣を用いた争いが広まったのだ。悪用されたことに怒った神は、転移陣に制限を設けた。神々の魔法によって、認識できる者を制限していったのだ」

「ということは今も使える人はいるわけですか」

「うむ。今でも使っている者は少ないなりに、それなりにいるはずだよ。魔術師や古き民、代々に言い伝えた者や、何らかの神の使命を帯びた者、巡礼の旅を行う者」

「思った以上にいそうですね。意外でした」

「それらの者もごく一部の転移陣が使えるだけだと思う。まあ何事も例外はあるがね」


 目を細めてモーリスが渡を見つめたので、ドキリとしながらも、曖昧な笑みを浮かべて韜晦した。

 渡が転移陣について相談した以上、認識できていることは間違いない。

 だが、どれだけ使えるのか、また別の場所に気付けるのかはまだ未知数だ。

 ハッキリと答えるわけにはいかなかった。


「転移陣が使えなくなる注意点はありますか?」

「要は神々の意志に背いた行いをしないことが肝心だ。時空の神は、これらが人々の救いになることを望み、正しい行いに使われることを望んだ」

「難しいですね。正しい行い、ですか」

「己の良心に聞くしかあるまい。答えは神のみぞ知る、だね」


 神が何を良しとしたのか、あるいは悪しとしたのかは分からない。

 渡は金儲けに使っている面も大きいが、今のところ転移陣は使えている。

 これはなぜ許されるのか。

 あるいは他人に迷惑をかけていないから許されているのか。

 まだまだ分からないし、今後突然使えなくなるリスクは依然として残ったままだ。


「とてもよく分かりました。最後に、改めてこの転移陣はどのような違いがあるのか、わかりますでしょうか?」

「分からん」

「分かりませんか……」

「また転移陣について情報があれば、教えてくれないかね。私は神代について研究しているが、転移陣については認識できんのだ」

「分かりました。私も何か気付いたことがありましたら、またご相談させていただきます」


 渡は深く頭を下げた。

 思った以上にいろいろと教えてもらえた。

 聞きたいことは聞けたし、渡はマリエルたちを伴って、急いで席を立つ。

 モーリスは次の用事を控えていて、本来はゆっくりと話している余裕はなかったためだ。


「ああ、そうだ。王都にも転移陣はほぼ間違いなくあるだろう。探してみると良い。まあ教えたくとも、私は場所は知らないがね」


 部屋を出る前に、モーリスからそう助言を貰って、渡は再度深々と頭を下げた。


――――――――――

確定申告が終わりました。

第三章始まります!

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