第49話 祠の秘密 二章完

 しばらくお互いに抱き合って再会を喜んでいたマリエルとフィーナの二人だったが、少しずつ落ち着いてきたのだろう。

 そして渡とエアがとても優しい笑顔で見ていることに気づいたのか、恥ずかし気に頬を染めて、マリエルが抱擁を解いた。

 まるでキスでも始めそうな距離から離れる。


 うーん、百合っぽい光景で良かったのだが、惜しい。


 フィーナは近くで見てみると、とても可愛らしい女性だ。

 目がクリクリとしていて、顔が小さい。

 身長も小さく、スタイルはスレンダーだ。


 カーディガンを羽織っていて、下はフリルのついたスカート。

 美人というより可愛いという評価がぴったりの女性だった。

 視力が悪いのか片眼鏡をしている。

 だが、たしかこれはレンズの精製が難しいこの世界では、超高級品のはずだったな、と渡は思った。

 あるいは魔道具の類かもしれない。

 渡がじっくりと二人の様子を眺めていると、恨めし気にマリエルが渡とエアを睨んだ。


「なんですか、二人してその顔は!?」

「いや、なあ?」

「うんうん。仲が良くていいこと」

「そうそう、俺たちは二人を見守っていただけだよ。いやー、感動の再会だったな。そんな親友が持てて羨ましいよ俺は」

「~~~~! も、もうっ、ご主人様のイジワルっ!」


 先ほどまでのやりとりを思い出したのだろう。

 耳からうなじまでを真っ赤に染めているマリエルの姿は眼福だった。

 普段は冷静沈着だから、こうして慌てた姿を見ると楽しくなってしまう。

 今回初対面のフィーナも、恥ずかしそうに顔を俯かせた。


 身内のやりとりをしてしまっていたが、初対面の貴族のお嬢さんを前にふさわしい態度ではなかった。

 渡は咳払いをして、場をごまかす。

 幸い、フィーナも渡の意図を汲んでくれたのか、すぐに平静を取りもどした。


「マリエルの身に何があったか分かって良かったわ。突然退学するし、実家が没落したって聞いたけど、それ以上の詳細が分からないから、本当に心配したのよ」

「ごめんなさい。あの時はあまりにも急だったから。急いで実家に帰る必要があったの。それにその後も、ここにも通えるような状況でもなかったし」

「仕方ないのは分かったわ。大変だったわね」


 マリエルは当時、いきなり実家の破産を言い伝えられて、急遽帰ることになったらしい。

 その状況を考えれば、別れの言葉をゆっくりと交わす余裕もなかっただろう。

 フィーナも納得してくれたのか、表情を緩めた。


「今はおかげで、とても良くしていただいているの。こちらが私がお仕えしているご主人様で、渡様です」

「はじめまして。渡です。よろしくお願いいたします」

「ご挨拶が遅くなりました。王立学園で司書ライブラリアン補佐をしているフィーナ・ド・ランブルです」


 ランブル子爵家。王国領の東部にある子爵領は織物の一大生産地だそうだ。

 国内の総生産の七割を占めていて、国外にも輸出しているというから、その規模の大きさが分かる。

 半面食糧生産は少ないとのこと。


 フィーナの発言にマリエルが目を見開いた。


「あなた、司書になってたの!?」

「司書補佐よ」

「それでも凄いじゃない」

「行く当てがなくて困っていたのだが、教授が口利きをしてくれましたの。といっても普段は自分の勉強もあるから、まだ見習いの段階ですけど」

「学生のうちに働くなんて、滅多に聞かないわよ。私もなれるなら、なりたかった」

「それがねえ……。思ってたよりも楽な状況じゃないのよ。給金は低いし、位階を笠に着て横柄な利用者が多いし、休みは少ないし、上は司書を軽視してるしで。働く前と後で印象が真逆になってしまいましたわ」


 ソフィーの眉が落ちた。

 どこかで聞いたことのある話だな、と渡は思った。

 というよりも日本の司書の縮図とまるで変わらない。

 異世界にも夢はないのだろうか。


「マリエル、せっかくの旧友と出会って話したいのも分かるが、先に用件だけ済ませてしまおう。後で時間を取って、ゆっくりと話せる機会を設けたらどうだ?」

「失礼しました。それでは、今日はどのようなご用件で当学園に?」

「神代や古代の遺跡について知っている先生にお聞きしたいことがあります。後、もし図書館が学生以外にも解放されているなら、同じく調べたいですね」

「なるほど」

「歴史学の教授はまだいらっしゃる?」

「ええ。この時間でもまだ残っておられるとは思います。職員室を先に確認しましょうか」


 案内に従って校内を歩く。

 分厚いカーペットが敷かれていて、歩いていても足音一つ立たない。

 まるで新品のような状態だが、これも何らかの付与術がかけられているのだろうか。

 純金の上を歩いているような気持ちになりながら、渡はできるだけ目線を固定して歩いた。

 職員室と書かれた札が出ていて、この辺りは異世界でも変わらないようだ。

 フィーナは中を覗くと、すぐに顔を戻して頷いた。


「いらっしゃったわ。お呼びするから、あなた方はこちらの面会室に待っていて」


 指示された通りに面会室の椅子に座る。




 それからほどなくして、渡たちが会いたかった教師、歴史学者モーリス教授が入室してきた。

 五十歳以上、もしくは六十歳に達しているかもしれない男性だ。

 ステッキを持っていて、珍しくエアが目を見開いて、そのステッキを見つめていた。

 渡の後ろに護衛として立ちながらも、わずかに緊張したのを感じた。


 モーリス教授は悠々と対面の椅子に座ると、マリエルに気づいた。


「おや、君は? どこかで見たような気はするが……」

「以前先生の授業を受講していました、マリエルです。今日は先生のお知恵を拝借したくて、こちらの渡様とともに参りました」

「なるほど。申し訳ないが私はとても忙しくてね、次の予定が迫っている。単刀直入に行こう」


 渡も貴族との長々としたやり取りは求めていない。

 頷いて、すぐに鞄から紙を取り出した。

 テーブルに置くと、触れてもいないのに紙がモーリス教授の元へと動く。


「先生に見ていただきたいのが、この遺跡の情報についてです。マリエルは古代の転移魔法に関係するものではないか、と以前に言っていました。今回先生のお知恵を借りるように進言したのも彼女です」

「なるほど。私に相談するのは正しい。ただ、知識とは安いものではない。もちろん相談に乗るのは吝かではないが、私はこの知識を売り物にしているのでね」

「仰る通りだと思います。マリエルが先生は甘いものに目がないとお聞きしまして、今回は珍しいものをお持ちしました。この国では手に入らない非常に珍しい、美味しい焼き菓子です。きっと気に入っていただけると思います」

「ほう……。支払う意思があるなら良いだろう。元教え子の相談でもあることだしな。先に質問に答えて、後でいただこう」


 モーリスが黙ってじっとその紙を見つめていた。

 皴の走った指がゆっくりと文様をなぞる。


 いよいよ異世界と地球と行き来する秘密が分かるかもしれない。

 渡はごくりとつばを飲み込んだ。


「ふむ、なるほど。たしかにこれは転移陣のように見える。だが、私の知る物とは少し違うようだ」



――――――――――――――――――――――――――

これにて第二章は終わりです。


引きが良いところで申し訳ないですが、最近本当に忙しくて連日更新がきついのと、加筆修正の必要性を強く感じているのと、確定申告があるので、金~日まで更新はお休みします。


次からは次章、飛躍編になります!

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