第39話 船乗りから見た三人の評価②

 マスケスはテーブルを挟んで正面に座る渡の顔をじっと見つめた。

 最初、どこにでもいそうな平凡な男に見えた。

 ウィリアムが目にかけるほどの男には思えなかったが、いつものように賭け事に誘えば、隠れている本性が曝けだされて、見抜けるだろう。

 そこで自分も付き合いを深めるかどうか、あらためて決断しようと考えていた。


 マスケスから見た渡の駆け引きに関する印象は、ごくごく平凡な物だ。

 それなりに優秀ではあるが、驚くほどではない。

 こちらのブラフに引っかかるし、手の良し悪しもまったく想像がつないということもない。


「あ、クアドラプルです」

「フルハウスでした」

「はい、ストレート。俺の勝ちですね」


 テーブルの上に賭けられたチップがどんどんと渡の手元に集まっていく。

 マスケスとて運には自信がある方で、これまでにも何度も賭けに勝ってきた。


(だが、勝てねえ。何だこいつのバカヅキは……)


 どれだけ運の良い者でも、役なしになる確率は低くない。

 だが、先ほどから渡は必ずワンペア以上を維持していた。


(イカサマでもしてるのかと疑っちゃみるが、その様子も感じられないんだよなあ。分かんねえ。天才的なツキの持ち主なのか、天運でも持ってるのか)


 こういう時は、会話で探りを入れるに限る。


「いやあ、強いねえ。俺も長くやってるけど、あんたみたいな強いやつはなかなか見ないよ」

「ありがとうございます。ビギナーズラックってやつだと思います」

「ギャンブルは全然しないって言ってたよな?」

「ええ。小さなころから祖父母に止めておけと言われてまして」

「じゃあ全くやらなかったのか?」

「あ、でもお金を賭けない遊びなら多少はしましたよ。でも不思議とみんな止めちゃうんですよね。だから、寂しくなって自然と俺も誘わなくなりました」


 何でもないことのように言うが、それがかえって勝って当然であることを暗示していて、マスケスは言葉に詰まった。

 渡のツキが凄いからと言って、常に最高の出目ばかりが出るわけではない。

 だから勝つこともあれば、負けることもある。

 だが、その勝率が勝ちに偏っていれば、やればやるほど大きな勝ちに繋がる。


(この男の祖父母は、孫を博徒にしたくなかったんだろうな。きっとその道に進めば、歴史に名を遺しただろうに) 


 ギャンブルの天与の才を持ちながらも、その才を活かさずに生きている。

 いや、あるいは二人の奴隷と巡り会えたことも、その大きな運が引き寄せた結果なのかもしれない。


(こいつとの商売はアリ・・だ。むしろこれから長く親密なお付き合いをするべきだろう)

(となれば、どんな方向性で攻めればいい。金は十分に持っている。女を勧めれば周りの二人の機嫌を損ねる。酒はあまり強くなく、ギャンブルはご覧の通り。……やりづれえな)


 懐柔しようにも、かなり手ごわい相手だった。

 搦手で交友を計るのは得策ではない。

 親交を深めるなら、同じ釜の飯を食う、酒を飲み悩みを打ち明ける。

 風俗にでもともに通う。同じ風呂に入る。


(そういえば次の街は大浴場が有名だったな……後で誘うか)


 裸の付き合いというやつだ。

 とても身綺麗にしているから、風呂は喜ぶだろうとマスケスは考えた。


 そうこう考えているとサイコロの出目が出て、マスケスは一瞬息を詰まらせた。


「っと、こいつぁ良い手が来た」

「俺もかなり良いですよ」

「アタシは降りようかな」

「……私も降ります」

「オレとあんたの差し馬か。とりあえず一つ目は六だ」


 やられっぱなしでは、舐められる恐れがある。

 最低でも五分と五分に戻さなくてはならない。


 開示するサイコロの数だけ、金額を吊り上げることができる。

 途中で渡が降りてしまえば、その分勝ちは少なくなる。

 ここでどうやって渡を最終局面まで吊り出すか。


 マスケスが言葉を考えている時、急に船が大きく揺れた。


「おわっ!? な、何の揺れだ?」

「キャッ!?」

「マリエル、危ない! 大丈夫?」

「ご、ご主人様、ありがとうございます。おかげさまでケガひとつありません」

「そう、良かった」


 揺れに倒れそうになった奴隷の一人を、渡が抱きかかえて支えている。

 恐怖に怯えているというよりは、喜んでいるようにマスケスには見えた。


(ずいぶんとお熱いことで……。そしてこっちの獣人のエアって戦士はスゲえな。まったく体幹がブレねえ)


 船乗りとして長年揺れに鍛えられたマスケスと同じレベルの安定性を持っている。

 獣人の身体能力を考慮に入れても、驚愕に値する平衡感覚の強さだ。

 客室に降りてきた部下が扉越しに大声をかけてきた。


「船長、モンスターが出ました。マルーンが三体です!」

「わかった、すぐ行く! 列を組んで応戦しろ!」

「了解!」

「勝負の途中だってのに悪いな」

「仕方ありませんよ。部下がお待ちでしょう、急いで行ってください」

「アタシが加勢しようか?」

「気持ちだけ受け取っておく。客に戦わせなきゃならないほど、うちは弱くないんだ」


 そもそもモンスター相手に右往左往するなら、交易が成り立たない。

 マスケスをはじめ、配下のほとんどが戦いを得意としていた。

 提案を断られたことに嫌な顔一つ見せず、エアが頷く。


「それはそう。みんな遣り手ばかり。良かったら一戦交えたいぐらい」

「遠慮しとくよ。チェッ、せっかく大勝ちできそうな手が入ったってのによ。残念だ」

「終わって時間があれば。それかまた明日以降やりましょう」

「約束だぜ?」

「ええ、王都に着くまでなら」


 マスケスは自分のサイコロの出目を隠すと、余計な手間をかけてくれるモンスターを倒すため、客室を出る。

 すでに心はモンスターとの戦いに向いている。


 マスケスの伏せた出目は六が五つ、見事に揃って並んでいた。


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文字数が25万字を超えました。だいたい文庫本2冊ぐらいですね。

作中時間が3ヶ月ぐらいしか経ってない……。

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