第40話 温泉の町「碧流町」

 モンスターの襲撃を退けた船は、その後は順調に進み続け、およそ予定通りの時間になって、碧流町に辿り着いた。

 王国内でも有数の温泉街だ。

 碧が流れると町の名にあるように、薬湯かと思うような色のついた温泉が湧いている。

 湯治や美容を目的に国中から観光客が訪れ、常に賑わっている町。

 町に着く前に、マスケスはそう渡に教えてくれた。


 船は停留所に停船し、多くの荷が降ろされている。

 そしておそらくはこの町でしか手に入らない商品を新たに多数積んでいくのだろう。

 渡はその様子を少しだけ眺めて、またタラップをゆっくりと進んだ。

 今度は最初からエアに手を繋いでもらっている。

 マスケスはそんな渡の姿を苦笑いして見ていたが、恥ずかしさも安全には代えがたい。


 岸に降りるとホッとする。

 足元の確かさを確かめていると、マスケスが仕事で忙しいだろうに、やってきた。


「今日は勝負が途中になっちまったからな。あのままじゃあ負けてたし、晩飯はオレが奢るぜ。オレの行きつけの店があるんだ」

「良いんですか? ありがとうございます!」

「あら、ご馳走様です」

「えへへ、やったー!」


 初めて訪れた町は、どこが美味しいのか分からない。

 普段から利用しているマスケスに紹介してもらえるのはとても助かった。

 唯一懸念があるとすれば、筋骨隆々で酒に強そうな船乗りと味の好みが合うか、という点ぐらいだろうか。


「あんたは風呂は好きかい?」

「ええ。それなりの風呂好きだと思います」

「マスケス様、ご主人様はかなりのお風呂好きです。前は旅行中に盥に湯をもらうだけでは我慢できず、お風呂付きの宿に入りましたからね」

「はあ、そりゃあ筋金入りだ。この町は温泉で有名でな。大浴場がいくつもある。その中でも綺麗なところを案内してやるよ」


 ありがたい申し出だった。

 渡は軽く頭を下げたが、マスケスは朗らか笑う。


「本当にありがとうございます」

「先に温泉につかって、風呂上がりに飯にしよう」

「分かりました。ただ、荷物を預けたいんですが……」

「それも分かってるさ、宿もオレが常宿にしてるところなら案内する。俺だって荷物は置いときたいしな」

「何から何まですみません」


 マスケスはとても面倒見が良かった。

 おそらくはこれまでに何度も客を乗せているため、何を求めているかが分かっているのだろうが、行き届いた心遣いには感銘を受ける。


 マスケスの案内に従って、川から離れて町の中を歩いた。

 どこもかしこも観光客の寛いだ姿が見える。

 すでに温泉につかった後なのか、上気して潤った肌で歩いている老若男女が多数見かけられた。


 露店の飲食店も多く、また飲み物を販売する店も多いのは、やはり風呂上がりに一杯何かしら飲みたい客を狙ったものだろう。

 観光客価格になってはいるが、どの店も趣向を凝らしていて美味しそうだった。

 露店の前に椅子が用意されていて、購入客がゆっくりと座って体を休めている。


 また、土産物屋が多いのも特徴的だった。

 素朴な乾物や製菓、彫り物といった観光客が持ち帰れそうな物が中心に並んでいる。

 その中に気になる言葉があったため、渡はマスケスにたずねた。


「温泉の素ってなんですか?」

「ここの温泉の湯を濃縮させた奴だな。美肌や若返りの効果があるんじゃないか?」

「美肌に若返り、ですか? それって本当に効果があるんですかね?」

「みたいだぞ。なんでも一番源泉に近いところは王族が占有して、進入禁止にしているって話だ」

「へえ……」


 効果のほどはどれぐらいなのだろうか。

 異世界のポーションの効果を考えると、天然温泉が地球と同じレベルとは限らない。

 より効果が得られる可能性だってあり得るのだ。

 だが、食いついたのは渡よりも美女の二人の方だった。


「ご、ご主人様、私も聞いたことがあります。神代の昔、この地に神々がその身を浸し、体を休めたとされる温泉がいくつもあったと。そのような場所は神気を帯びていて、病の快癒や美容などに効果があると」

「つまり本物ってこと?」

「この町がそうである確証はありませんが、王家が占有しているなら可能性はあります。わ、私、その温泉の素を買ってきます!」

「あ、アタシも買う」

「まあ小遣いを何に使うかは自由だけど、どうせ買うなら土産物屋じゃなくて、温泉で買ったらどうだ?」

「そ、そうですね。たしかに」

「うう、ガ、ガマンする」


 二人ともまだ十九歳じゃなかったか。

 渡からすれば、二人は年下で若さと元気さに溢れている。

 お肌もぴちぴちでシミ一つないし、温泉の効果がはたして実感できるのかどうか、疑問でしかない。


 そんなに若いのに若返りが必要なの?

 渡はそんな疑問を抱いたが、二人の反応を見て、言うのを控えた。

 下手な言葉は逆鱗に触れる恐れがあった。


 言葉通り、小遣いの範囲内で使う分には、法に反さず、渡たち同居人の迷惑にならない限り、渡は一切気にしないことにしている。

 奴隷として制限のかかった身分だからこそ、それ以外の点では自由に過ごしてほしかったからだ。


「なあ、二人に聞きたいんだけど、これって効果があったらあっち・・・で売れると思うか?」

「ご主人様、間違いなく!」

「売れる!!」


 息を揃えて声を張り上げる二人に、渡は気圧されながらも、新しい商機を感じ取っていた。


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月末月初は仕事が多く、更新がきつい……!

後日加筆するかもですが、とりあえずこれで。

感想の返信もできてませんが、こちらも後日必ずやりますのでお待ちください。

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