第35話 船旅

 王都のはるか先から流れ始め、南船町を通ってさらに遠くに流れる河川は、とても豊かな水量を誇っていた。

 古来より川そばの町は交易に栄えるものと決まっていて、多くの船が荷物を満載にして川を行き来している。

 南船町は護岸工事がしっかりと行われていて、荷揚げはもとより、人の乗船下船もスムーズに行われていた。


 王国の直轄地として長らく保有されるだけはある位置を押さえていたということだろう。

 それだけに、代官の力量が惜しまれるところでもあった。

 そこそこの力量でもそれなりに統治はできるが、上手く運営すれば栄えることは間違いない。


 渡たちは川岸でキョロキョロとあたりを見渡し、乗るべき船を探す。

 今回乗る船はなんとウェルカム商会所有の商船である。

 豪華なものではないが、小綺麗にされていて船室も用意されているのか、違いは見てわかった。


「町中よりもむしろ活気があるな」

「そうですね。あ、ご主人様、私たちの乗る船はこちらのようですよ。ウェルカム商会の記章が見えました」

「お、ありがとう、思ってたよりもしっかりとした船だな」


 船に近づくと、岸に男が立っていた。

 筋骨隆々のたくましい男で、よく日に焼けている。

 船の船員の一人だろう。

 渡たちがまっすぐに向かってきたことで口を開いたが、とてもしゃがれた声だった。


「乗るのかい? ここはウェルカム商会の商船だぞ」

「ええ、こちらウィリアムさんからの手紙です。三人用に部屋を用意してもらえる話になってます」

「会長の? 分かった。出発までもうあんまり時間がない。早く部屋に入っていてくれ。別に甲板に立っていてもらってもいいが、揺れるから気をつけてくれよ。落ちても知らねえからな」

「わ、分かりました」


 薄く長い板のようなタラップが、船に架けられていた。

 問題はその幅だ。

 三〇センチをわずかに超えるか、という細さの上に、現代のように手すりがついているわけでもない。

 体重をかけるとわずかにたわみ、脚を入れ替えるとその度にほんの僅かに揺れてバランス性がとても悪い。


 そんなタラップが数メートルも伸びていて、バランスを取って船に乗り込まなければならない。

 タラップの下には川が流れて、水音を立てている。

 足を滑らせたら川にドボンか……。


「こ、怖いな。ゆっくり慎重に歩こう」

「主、気をつけてね」

「あ、ああ。押すなよ……絶対に押すなよ!?」

「押さないよ。アタシそんな不真面目じゃないもん」

「わ、悪い悪い。これは俺の知ってる伝統的なネタで……とととと!?」

「ご、ご主人様!? あ、危ない!!」


 エアにコメディやコミックのネタが通じるわけもなかった。


 不安を紛らわせるために軽口を叩いていた渡だったが、案の定というべきか、あるいは心配し過ぎて体が緊張に固くなっていたからか。

 バランスを失ってしまう。


 やばい……マジで落ちる!!


「お、おわあああああっ――!! エアぁっ!」


 慌てて手を回して重心を安定させようとするがバランスがどんどんと崩れ、タラップのたわみがひどくなっていく。

 ズルっと足を滑らせて、落下しはじめる感覚に包まれた。


 落ちたら助かってもびしょ濡れだぞ。


「ったく。世話の焼ける主なんだから」


 ひやりと肝が冷える渡だったが、真後ろにいたエアが手を伸ばすと、ぐっと力強く掴むと抱きかかえられる。

 お姫様抱っこだ。俺、男なのに。


 後ろからエアの溜息が聞こえてきた。

 うう、主の威厳が損なわれている気がする。


「言ったそばから。大丈夫?」

「あ、ありがとう。助かるよ。エアはまったく影響されてないな」

「まあ、アタシは鍛え方が違うから」


 自慢するまでもなく、当然のことのようにエアは言うが、実際に体験してみるとかなりのバランス感覚が必要だ。

 ゆっくりと後ろを振り返れば、マリエルはエアの腰に手を伸ばして掴んでいた。

 ああ、それ羨ましい。俺もエアに掴まりたい。


 恥ずかしい気持ちを押さえて下ろしてもらい、再びゆっくりと足を進めていく。

 歩く速度はさらに遅くなったが、代わりに安定性は増した。


「落ちるかと思ってヒヤヒヤしたよ」

「主は泳げないの?」

「いや、裸になれば泳げると思うけど、服を着てたらどうだろう。エアはどうなんだ?」

「アタシは鎧を着てても泳げるよ」

「すごいな!」

「えっへん! 戦場で泳げない戦士はすぐ死んじゃうからね」


 切実な理由だった。

 たしかに、昔の戦場でも人の手による死傷者よりも、溺死で死んだ兵士の数のほうが多いというケースは少なくない。

 渡は知らないが、傭兵団として有名な金虎族であれば、泳ぎに備えるのも当然なのだろう。

 では、貴族であったマリエルはどうなのだろう。

 後ろを見る余裕はないため、そのまま足元を見たまま声をかけた。


「マリエルは泳げるのか?」

「多少でしたら……。でもエアほど上手ではありませんよ?」

「それは比較対象が悪いだろ」


 ようやく船に乗ると、しっかりとした足元にホッとする。

 こんな細いタラップを、大量の荷物を抱えて行き来する荷役人のバランス感覚や膂力はとんでもないな。


 しかしそうか。

 マリエルもエアも泳げるというのなら、プールに行くという手もあったなあ。

 九月ということで海はもうクラゲが多くなっているだろう。

 異世界の場合、モンスターがどう出るか分からないから、安全性の問題から川泳ぎや海水浴はどれだけ安心して遊べるか分からない。


 日本のプールで遊ぶのは良さそうだ。

 二人がどんな水着で泳ぐのかを想像するだけでワクワクとしはじめた渡だった。


「なんか主がいやらしー顔してる」

「これはまたどんな命令がされるか分かりませんね」

「心配しなくても、期待に答えてやろうじゃないか。今は早く船室に入るぞ」

「了解しました」

「はーい」


 まったく、船員さんたちが呆れた顔で見てるじゃないか。

 恥ずかしい。


――――――――――――――――――

ということで後日水着回はやる予定です。

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