第31話 新居探し
デート中に尾行がついていた。
エアから報告された渡は、もともと計画していた新居探しを、より真剣に取り組むことにした。
今後もしかしたら調べられるかもと、実際に調べられていたとでは、あまりにも脅威度が違う。
渡も防犯には真剣にならざるを得なかった。
大阪市内、ゲートからほど近い六階建てのマンションに、渡たちは来ていた。
ワンフロアマンションと呼ばれるタイプで、一つのフロアに一つの住居者しか入らない。
また入り口はオートロックになっている。
きわめて他人が入り込みにくい特徴を備えていた。
「こちらが本日ご紹介する最後の物件ですね」
不動産会社の社員が玄関を開けてくれる。
渡たちは今日これで四件目の見学になっていた。
最初はワクワクとしたものがあったが、移動と確認を繰り返し、さすがに疲れが見えてきていた。
体を動かす疲労とはまた別の、精神的なものだけに、普段は元気なエアもどことなく疲れ気味だ。
「防犯は基本的にどこも同じぐらい揃ってるけど、人通りを考えるとこの辺りが一番良いんだよなあ」
「私はキッチンが気になります」
「アタシはベランダかなあ」
「ゆっくりとご覧になってください」
渡たちは思い思いに部屋を見て行く。
それぞれの着目点は自分たちの仕事に深く関わっていた。
ワンフロアまるごとということで、5LDKもあった。
一人一部屋を使い、一つは事務所に使える計算だ。
クローゼットも山のようにあり、収納性も申し分ない。
おまけに今は家具が入っていないということで、とてつもなく広く見えた。
「キッチンはどうだ?」
「ありがとうございます。微妙に形とかが違いますが、洗い場の高さが私でも丁度良いので助かりますね。あと、とても広々としているのが助かります」
「あー、まあ今住んでるアパートはキッチンがちょっと手狭だからなあ」
マリエルの感想に渡は苦笑を漏らした。
それでも一人暮らし用のアパートにしては広めのキッチンなのだ。
ガスコンロも二つ口があり、まな板を置くスペースもある。
渡が以前住んでいた家など、実際の調理が不可能なぐらいの狭さだった。
見たらマリエルも驚くことだろう。
まだまだキッチン周りが気になるマリエルを置いて、渡はエアの意見も聞くことにする。
エアはベランダに立って、周囲の眺めを確認していた。
五階からの眺めは悪くない。前の通りを行き来する人の頭や、駐車している車などがよく見えた。
ただ、ここが一番高いというわけでもない。
周囲にも背の高いマンションがいくつも建っている。
これがスパイ物の映画などなら、向かいの建物に誰かが急遽引っ越してくるのだろうか。公安が住居者に頼み込んで張り込むということも考えられる。
(じゃあ分厚いカーテンなんかも必要かな)
そんなことを想像するだけで少し楽しい。
マンション自体には壁が巡らされていて、住居者以外が敷地内に入りにくくなっていた。
エアは眺めやマンションの上下の見え方、隣との間隔など様々なものをチェックしているようだった。
「なにか気になるところがあるのか?」
「うん。正面からは入れなくても、ベランダを伝って入ってくるかもしれないから見てる」
「心配し過ぎじゃないか?」
「そんなことない。アタシならこの高さまでひとっ飛びで入れるもん」
「それはお前だけだろ!」
「主、それは分かんない。アタシは知ってるんだから!」
「な、なにを?」
真面目な顔で警告するエアに、さすがに渡も緊張を隠せない。
四階までベランダから侵入してくる泥棒。
(普通なら聞かないが、可能性がゼロとも言えないのか?)
「ニンジャがいる。あいつらなら壁を走ったりできるはず」
「いや、実は忍者はな、とっくの昔にいなくなってるんだ」
「嘘……ニンジャいないの?」
「あー、いやー。どうだろうな。実は身分を隠して、今も潜伏している可能性もあるのか?」
夢を壊された顔で衝撃を受けるエアを見ていると、渡もなかなか言いづらい。
クライミングやボルダリング、あるいはパルクールのトップクラスなら、タイル貼りの壁に指を引っ掛けて登れないこともないだろう。
忍者の技術の現代版と言い張れなくもない。
「もしかしたら、エアの言う通り忍者なら入ってこれなくはないかもしれない」
「でしょ!!」
誤解を解いたほうが良いのか、それともそのままにしておいた方が良いのか。
エアの明るくなった顔を見ていると、そのままでも良い気がしてきた。
「とはいえ、あんまり高層マンションだと、それはそれで入居者が増えて困るぞ」
「それもそっか。アタシも多くの人を覚えるのは大変だしなあ。そう考えると、ベランダ対策だけしておいて、これぐらいの高さのほうが良いかも」
護衛の観点から真面目に考えてくれるエアの意見は尊重しないといけない。
このあたりの感覚については、渡は全面的にエアを信頼していた。
マリエルとエアを伴って、相談する。
空き家だからか声がとても反響した。
「しかしこれで毎月の家賃が二〇万円か。以前だと生活費が全部家賃で消える計算になるんだよな……いや、キッツいわ」
「今だと一つの商談で二年住めるわけですね」
「ああ。ありがたい話だよ。まだ金銭感覚が全然変わってないのが困りものだけど」
まだ収入が激増して三ヶ月。
渡は大金の使い方に慣れていない。
高級品を買うわけでなく、いわゆる爆買いをするわけでなく、マリエルとエアの必要品を購入したぐらいだった。
これが異世界であるなら、最初にマリエルとエアの二人を金貨で支払っているので、随分と様子が異なる。
基準が金貨払いになっていて、大金を大金と思えていないのだ。
とはいえ、今後は新居に合わせて購入するものも増えるだろう。
家が狭いことで購入を控えていたものも多い。
「ふふふ、じゃあこれから慣れていけばよろしいではありませんか」
「今は贅沢したいって感じでもないんだよなあ。それよりもマリエルとエアに使ってあげたいかなあ」
「……もう、そういうのをサラッと言ってしまうところ、ズルいです」
「え、そうかな?」
「マリエル、主はそういうところ天然だから」
顔を赤くしたマリエルになぜ怒られたのか。
渡は分からなかった。
結局、新しい物件はこのマンションに決めることにした。
ただ新しい住居と言うだけでなく、事務所としても活用する予定になる。
拠点がしっかりと定まれば、今後できることも大きく増えていく。
小さいことながらも、後に、渡たちの活躍が飛躍するキッカケの一つとなるできごとだった。
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