第21話 実家

 マリエルの過去について、少しだけ知ることができた。

 男爵だったこと、没落したために、王都の学園は中退していたこと。

 家族の行方が分からなくなっていること。


 どれも非常に大切な情報で、今後に大きくかかわってくる。

 奴隷を買うということは、多分その人の人生を買うということに等しい。

 渡はマリエルには幸せになってほしいし、そのためならある程度の犠牲や努力は払えるつもりでいる。


 まだまだ以前どのような生活をしていたのか、といった細かい話までは聞けていないが、今後おいおい知っていくこともできるだろう。

 話をしていて、祖父母の家に遊びに行くのにも時間の余裕がなくなってきている。

 渡たちはあらためて忘れ物がないか確認し、家を出た。


 〇


 渡の家から岸和田の実家に向かうには、電車ならばJR環状線天王寺駅から新今宮駅に、そこから南海本線に乗り換えてしまうのが早い。

 どうせだからと天王寺駅でお土産物として有名なGoGoGo豚まんと陸路おじさんのチーズケーキを購入した。(なお海路おばさんは存在しない)


「おおー、電車だ電車。あはは、綺麗だなー」

「綺麗ですねえ。こんな景色は初めて見ます」

「人が来たら大人しくしとけよ」

「はーい! あるじあるじー! 見てみてー! ぶくーじゅつ!!」

「ちょ、お前子供みたいなことするな!」


 エアが尻尾だけで吊り輪にぶら下がって空中浮遊の芸を見せた。

 変身の装身具で尻尾が見えないからこそのマジックだ。


 大阪市内の移動はこれまで地下鉄が主だった。

 だからか、南海本線の車両の高架上から町を見下ろせる光景が珍しいらしく、マリエルもエアも大阪の街並みをずっと興味深く眺めていた。


 昼の中途半端な時間ということで人は少なく、好きな座席が選び放題だった。

 二人が凄く注目を集めるから、気楽でいい。

 多少エアが羽目を外してもフォローしやすいうえ、道中でも物おじしない大阪のおばちゃんが「きれーやねー。どこの国から来たん?」などと質問されることが多いのだ。


 エアも流石に座席に後ろを向いて座ったりすることはなく、大人しく座っている。

 ただ、変身しながらも尻尾が揺れているのか、時折何も見えないところからぽふぽふと音がしていた。


 ただただ景色が変わるのを眺めているだけでも、意外と楽しいんだよな。

 渡も昔はよく景色を眺めていたのを思い出す。

 つらい過去を話させてしまったからと、渡はそれとなくマリエルに注意を払っていたが、落ち込んだ様子は見られない。

 あるいはずっと黙っていた過去を話せて、落ち着いたりするのだろうか。


「どうしましたか?」

「ん、いや、別に大したことじゃない」

「そうですか」


 マリエルと目が合った。

 その目が優し気に細められて、渡をじっと見つめる。

 嬉し気に笑みを浮かべるマリエルに、不覚にもドキドキした。


「ど、どうした?」

「いいえ、大したことではありませんよ」

「そ、そうか?」

「ふふふ、心配してくれてるんですか?」

「まあな。聞きだしたのは俺の方だし」

「それを言うなら、私が思い当たる素振りを見せていたからですよ。心配しなくても、私は今そんなに不幸には思ってないんです。ご主人様に良くしてもらっていますし、エアにも会えたし。異世界を行き来できるなんて、まるで物語の登場人物みたいで、ワクワクします」

「そうか。それなら良かった」

「ご主人様とお会いできて、私は幸せです。これからも末永くよろしくお願いします」

「お、おう。任せとけ」


 思わず声が上ずってしまう。

 そんな渡の態度にも楽しそうに、マリエルが楽しそうにしている。

 くそ、何度も体を重ねた相手だというのに、なんでこんな緊張するんだ。


「ご主人様の祖父母の方にお会いするのが楽しみです」

「まあ、あんまり期待されても困る。けっこう癖の強い人たちだからな」

「早くお会いしたいです。ご主人様にエッチな要求いっぱいされたって言いつけなきゃ」

「マジでやめろよ。これはフリじゃないぞ」

「ンフフ、冗談です」

「まあ、もうしばらくだよ。大人しく待ってな」


 渡はマリエルを直視していられなくて、窓の外を見た。

 大阪市と堺市を隔てる大和川に差し掛かっている。

 これからビルの数が少しずつ減って、個人宅の景色が増えていく。

 急行車両は実家への距離を勢いよく詰めていた。



 岸和田駅からタクシーで十分ほどの距離に、渡の祖父母が住んでいる。

 渡たちの予定が変わったので、車で出迎えてくれるよりタクシーの方が都合が良かった。

 庭付きというよりも、畑付きの個人宅が祖父母の家だった。


 さて、マリエルとエアをなんと紹介したものか。

 久しぶりの再会に、柄にもなく渡は緊張していた。

 久しぶりに使う実家の鍵、扉が開いて、大きめの声で訪問を告げた。


「ただいまー」

「おう、お帰り! 渡ぅ、よう帰ってきたなあ! って。この別嬪はどうした?」

「うん、ふたりと――」

「おい婆さん! 婆さん! 渡が女連れで帰ってきたぞ! それも二人や! 美人やでえ!」

「あらあらあらあらあらあらあらあら!! まあまあまあまあ!!」


 これだから実家に帰るのは嫌なんだ。

 玄関で大騒ぎし始めた祖父母を前に、渡はがっくりと肩を落とした。


――――――――


Skebの締切が明日なので、明日は更新お休みです!

あと、『青雲を駆ける』を同時投稿してるので、そちらも良かったら読んでくださいね。書籍化して6巻まで出てる作品です。

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