第11話 総合格闘技

 総合格闘技は打撃、投げ、固め(関節技)といった格闘技のそれぞれの要素を複合化させた競技で、MMA(ミックスドマーシャルアーツ)とも呼ばれるものだ。

 これまで格闘技の多くは空手やボクシングといった打撃系、柔道などの投げ技系に分類されていた。

 それらをミックスさせることで、より総合的な強さを求めようとした格闘技とも言える。


 渡たちが訪れたのはプロ選手を複数抱えた大手ジムの一つ『パーフェクトジム』だ。

 格闘技ジムは大手と中小との格差が驚くほど大きい分野の一つだから、人が集まるジムは盛況だし、集まらないジムは驚くほど人が少ない。

 大手ジムには主要な駅近くに系列店を次々と出店する傾向も多く、パーフェクトジムもその一つだ。


 渡が今回利用したのは天王寺駅からすぐ近く。

 大きな看板が立っていて、今後開催される試合のポスターには有名なプロ格闘家の写真が写っている。

 その中の一人、飯田選手が今回の目的の人物だった。

 慢性ポーションを売り、ついでにエアのトレーニング相手を務めてもらう。

 一石二鳥の商談だった。


 ジムの中では多くの練習生たちが汗を流し、サンドバックを叩く音やフットワークの練習をする音、投げ技の決まった音など、雑多な音で満ちていた。

 活気があって熱を感じる。


 利用者のほとんどが男性で、自然と女連れの渡たちには多くの注目が集まることになる。


「めちゃくちゃレベルたけえ。なに、女優か?」

「顔ちっちゃ。胸でかっ、脚長っ。グラビアアイドルじゃね。もしかして撮影とかじゃない?」

「金髪と銀髪だし外国人ぽいよな。男は恋人か?」

「マネージャーでしょ。っていうか彼氏だったら俺がぶっ殺す」

「ククッ、お前のパンチで倒れるやつがいるかよ。租チンにびっくりしてひっくり返る方がまだありえるだろ」

「おい、ふざけんなよ、お前から倒してやろうか?」

「無理無理。あー、ケツもモモもでかくてヤリてー」


 と、ジムに訪れた渡たちの反応は、おおよそこんな感じだった。


 奥手な者たち、口に出さない最低限の配慮ができる者たちも、本質的には同じような意見を抱いていた。

 マリエルとエアの二人に魅了され、強い興味を抱き、渡との関係性を想像したり、勝手に嫉妬したりしている。


 中には露骨に渡を睨むような視線を感じた。

 鍛え上げられた体の男たちの目線は圧力がある。

 が、ジム内でいきなり襲われることもない。

 エアの護衛は何よりも信頼している。


 渡は臆せずに中に入っていくと、受付の男性に声をかけた。

 誤解を恐れず言うならば、美人を引き連れて歩くのは気持ちよかった。


「アポイントメントを取っている堺です」

「ああ……伺っています。社長がお待ちしています」


 案内された後をついて、ぞろぞろと渡たちはジムの奥に入った。

 ジムは複数階に跨っていて、上階が事務やトレーナーなどの従業員が使用する部屋になっていた。

 渡たちが訪れたのは事務室の隣にある、小さな部屋だった。

 驚くことに、そこにもリングがあった。

 一人の選手が黙々とシャドーを続けている。


「なんと上階にもリングがあるんですね」

「こっちは試合間近の選手が非公開でスパーリングしたり、配信サイトで動画を流したりするための部屋ですね。近頃だと配信サイトからの入会希望者がすごく多いんですよ」

「あー、なるほど。そういえば俺もこちらについて調べたときに、一番に動画を観てましたね」

「ありがとうございます。社長! 堺さんいらっしゃってますよ」


 呼ばれて出てきたのは、四〇歳ぐらいの男だ。

 社長と言っても元格闘技経験者なのか、半袖シャツの袖から見える腕が鍛え上げられている。

 短く髪の毛を刈り上げていて、爽やかなスポーツマンといった印象だった。


「応対ありがとう。また下をお願いね」

「分かりました。失礼します!」

「はじめまして。『パーフェクトジム』の田中です。こっちが飯田です」

「堺です。よろしくお願いします」

「っす! お願いしまっす!」

「今日は遠藤さんの紹介ということですけど……本当のところ、治るんですか? 正直な話、あまりにも都合が良すぎて信じきれません」


 田中が声を潜めた。

 これから慢性ポーションを提供する飯田選手は業界トップの知名度を誇る看板選手だ。

 動画配信サイト『スライム』にも放映されているし、毎回会場が満員になるほどの集客力がある。

 個人でも動画配信をしていて、数十万人の登録者を持っていた。


 この部屋は個室とはいえ、まったく外部に声が漏れないわけではない。

 業界の人気選手に故障があることは広めたくない、という意図が透けて見えた。


「今のところ、効果は一〇〇%出ています。手術を受けた後に再負傷したような状態の悪い選手でも治ってますので、安心していただいてよろしいかと」

「そうですか。ならさっそくお願いできますか」

「あ、先にこれだけは固く約束していただきたいんです。今回の契約については、秘密保持契約書を交わしていただきますから、万が一にも漏洩のないようにお願いします」

「当然です。私もですが、飯田も信頼できる奴ですよ」

「うっす、約束を守れない奴はクズっす。絶対守るっすよ」


 人というのは思った以上に口が軽い。

 秘密保持契約書を交わしていて、なお口を滑らせてしまううっかり者がいるのだ。

 いや、いたのだ、という言葉の方が正確か。

 違約金を請求することになったが、何よりも面倒ごとが起きる方が痛かった。


 念には念を入れておいて丁度良いのだろう。

 亮太からも飯田選手については信頼しているようなので、期待を裏切られたくなかったというのもある。


 リングに上がっていた飯田選手がゆっくりと降りてきた。

 今の今までトレーニングを続けていたのか、全身がパンプアップしている。

 身長は一八五センチほどだろうか。

 シャツ越しにでも、大胸筋や広背筋といった胸板を構成する筋肉がすごく発達していて、とても大きく見える。


(純粋な身長なら亮ちゃんの方が大きいのに、飯田選手の方が威圧感があるな)


 事前に調べたところ、二十六歳。

 すでに二階級のタイトルを保持してる正真正銘の天才だ。

 渡よりも少し年上だが、貫禄があった。


(亮ちゃんもそうだけど、一流選手は雰囲気があるんだよなあ……)


 自分にはないものだ、と思いながらも、そういった一流とまともに商談し、コミュニケーションを取っているのだ。

 自分だって捨てたものではないはずだ、と思う。

 それに、一度話していると大抵の人は気のいい社交上手な人で、優しく礼儀正しかった。


 飯田は入金を確認後、手渡されたポーションを臆することなく一気飲みすると、ニカッと歯を剥き出しにして笑顔を浮かべる。


「うは、体がかりぃ! 社長、これ本当に凄いっスよ!」

「そうか。高い金払ったんだ。次の試合は頼むぞ」

「あざっす! 任せてください」

「それで、一応話には聞いていましたが、後ろの綺麗なお嬢さんがうちの飯田とスパーリングをするんです?」

「ええ、こちらエアです。海外で色々な武術を収めているそうです。今回、日本の格闘技に興味を持ち始めて、折角だから体験させていただこうかと」

「大丈夫ですかね。手加減はもちろんしますが、格闘技には万が一があるんでなにか起きてから責任がどうこうってのはちょっと困るんです」

「いや、社長。この子めちゃ強いっスよ、多分」

「エアは強いですよ。外見でよく判断されるんですが、純粋なパワーだけでもシャレになりません。ちょっと言ってたパフォーマンス、見せてやってくれるか」

「ん」


 渡の声掛けに従って、エアが上体をゆっくりと倒し始めた。

 リノリウムの床に両手を着くと、反動をつけずにゆっくりと下半身が持ち上がり始める。


「おお……」

「うっそー。すげーな。力だけじゃなくてバランスと体幹がエグイって」


 そのまま倒立したかと思うと、エアが左手を床から放した。

 片手倒立からさらに水平になる。

 エアの体は震えることなく、スムーズに動き続ける。

 そしてゆっくりと体をもう一度持ち上げると、足から着地し、上体を起こした。


 思わずといった様子で田中と飯田がパチパチと拍手を送る。

 パフォーマンスとしてもお金をもらえるレベルだろう。


「ナイス。ちょっとは本気になって貰えたみたいだぞ。次は手合わせだ」

「ん、頑張る」


 エアが軽く体を動かした後、リングに上がった。

 初めてのリングを興味深そうに触れて確かめる。

 そしてお互いがグローブを合わせ、練習試合が始まった。

 そしてその後――


「ご、ご主人様、エアが、エアが――!?」


 マリエルの切羽詰まった小さな声が、部屋に響き渡った。



――――――――――――――――――

・本日またサポートをいただきました。返信できないので、こちらでお礼を。

 ありがとうございます。


・あとサポーター限定記事で『エアの耳掃除をして「んお゛っ❤ゆるじで❤」ってなるやつ』を公開しました。耳掻きなんだけどなんでかビクンビクン、あへぇしちゃうやつです。

(公式的には最低月一で限定公開をしたほうが良いそうです)


・サポーター限定記事は一月後とか二月後には全体公開にしようと思ってます。

 応援したい方だけぜひお願いします。


・Twitter(https://twitter.com/HizenHumitoshi)で本作の小ネタや構想とか、限定記事のネタ募集、アンケート等してるので、良かったらチェックしてください。

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