第04話 横車

 事の始まりは、亮太からの一本の電話だった。

 ポーションを売ること六本。

 金額にして三千万を稼いだ渡は、そろそろこちらで拠点を作りはじめても良いと考え始めていた。


 できれば人と会いやすい都心部の駅近くに、事務所を構えたい。

 特別に広い事務所が必要なわけではない。

 人と落ち着いて会えて、スポーツ選手を相手にするなら、多少体を動かせるスペースがあれば望ましい。


 事務所を探すなら、住居も同時に引っ越したい。

 元は多少のゆとりを持たせた間取りだったが、マリエルとエアという同居人が増えたことで、一気に狭く感じてしまっている。

 二人の私物を増やしたり、収納スペースを設けるためにも、より広い間取りが必要だった。


 物件探しをネットでするにしても、およそどの辺りにするかは事前に決めておきたい。

 そんな目的で外出していた渡だったが、帰宅後にふとスマートフォンの通知を見て驚いた。

 時間を少しだけ空けて、亮太から七回も着信記録が残っていたのだ。


「ご主人様、どうされましたか?」

「亮ちゃんから電話がかかってきてる。急ぎの用みたいだな」

「んにゃーー! また負けたー! こいつズッコイ! チート! チートにゃ!」


 帰りを出迎えてくれたマリエルに渡は飲み物を頼んで、自室へと入った。

 エアコンが効いていて真夏の熱された体が冷えて気持ちがいい。

 エアはこちらに来て以来初めてプレイしたゲームに夢中になっている。

 今も対戦ゲームにかぶりついて大声を上げていた。


 いくつもの悪いシナリオが頭に駆け巡る。


 これはただ事ではない。

 なにか問題が起きたのか?

 もしかしたら治ったと思った体が再負傷した?


 チャットアプリの通知を慌てて確認すると、亮太からメッセージが届いていた。


『悪い。気づいたらすぐ連絡がほしい』

『突然で悪いけど、どうしても会いたいって言う人がいて、頼みを断れないんだ』

『どこで話が漏れたのかまるで分からない』

『また出張か? 気づいたらいつでも良いから、とにかく一度連絡が欲しい』


 亮太のメッセージからは強い焦燥を感じさせた。

 よほどの人物から頼まれたのだろうか。

 渡がコールをかけると、間を置かずに通話が開始した。


「おお、渡か。急で悪かったな」

「それより、どうしたんですか?」

「メッセージは見てくれたよな。そのままだよ。いったい誰から聞いたか知らないけど、急に自分にも使わせてほしいって言われてさ。本当に悪いけど、売ってもらえないか?」

「そもそも誰なんです?」

「プロゴルファーのグレート山崎って言ったら分かるか? あの人だよ」

「知ってるけど、プロゴルファーが?」


 意外な名を聞いて、渡は困惑した。


 グレート山崎。

 元プロ野球選手からゴルフ選手に転向し、日本のツアー最多勝利数を誇るプロゴルファーだ。

 賞金王にも度々なっていて、テレビや新聞でもよく取り上げられている。

 シニアツアーに参加してもいいほどには年齢も重ねているが、いまだに一線でプレイを続けていた。


 ゴルフを全くしたことがない渡でも、その名は十分に知っていた。

 ゴルフ選手で軍団とも呼ばれる派閥を作っている。

 過去には暴力団との付き合いが報道されたこともあるなど、良くも悪くも話題には事欠かない人物だった。


「プロ野球選手はゴルフ好きも多いんだ。レッスンとかで世話になってる選手も多いし、合同トレに参加する人もいる。悪い噂も多いけど、人としての魅力もすごい人らしい」

「亮ちゃん自身は面識は?」

「俺は挨拶したことがあるぐらいかな。ただ、球団の世話になった先輩は仲がいいんだ」

「それで断れなかったと」

「ああ。俺だけじゃなくて世話になってる人の顔を潰すことになっちまう」


 渡はしばらく押し黙った。

 その間にマリエルが部屋に入ってきて、淹れたばかりのアイスコーヒーを置いてくれる。

 氷でキンキンに冷えた濃い目のアイスコーヒーにシロップとクリームを入れて一息つく。

 少しだけ考えを落ち着かせて、できるだけ冷静に言葉を紡いだ。


「亮ちゃんの頼みでも、ちょっと考えさせてほしい。たとえどれだけ偉い人や有名な人が相手でも、こうやって無理に入ってこられて、なし崩しでどうにかなると思われるのも困るんだ。次も同じ手が通じると思われる可能性がある」

「そりゃそうなんだけどさ……」

「立場があるのは分かってるよ。でも、亮ちゃんが紹介してくれた選手だって、一日も早く治したい人ばかりじゃないの?」

「うっ……悪い。俺が無理を言ってるよな。お前に全部任せるよ」

「うん。分かってくれて嬉しいよ。できるだけ希望に沿うようにはしたいけど、今すぐは約束できない。一度追加の在庫が確保できるか確認して、すぐ連絡するようにするよ」

「頼んだ。面倒ごとを頼んで悪いな」


 亮太の謝罪を聞いて、渡は通話を切った。

 ふう、と溜息が自然と漏れた。


 いつかこういうことが起きるだろうとは、予想していたのだ。

 影響力のある人がどこからか話を聞きつけ、なんとしても手に入れようと動き出す。

 なんだったら融通を利かせるのに、より大きなお金を積む人も出てくるかもしれない。

 それでも、可能ならばそういった横車を押す行為は避けたかった。


「ウェルカム商会は怪しい俺に対しても誠実に対応してくれて、凄かったんだなあ」


 青いと言われればそれまでだが、入手手段が限られているからこそ、販売は誠実に行いたい。

 そして相手にも誠実性を求めたい。

 長年相手の立場によらず商売を続けてきたウィリアムの凄味が、渡にも分かりかけてきた。

 渡は自室から出て、帰ったばかりだというのに、再度出発の準備を始める。


「マリエル、エア。これからゲートをくぐって薬師ギルドに行くぞ。準備してくれ」

「かしこまりました」

「んあー!? ま、待って! あと一分! すぐに準備するから」

「まったくもう、早くしなさい!」

「ははは。俺もよくやったし、大目に見るよ」


 対戦ゲームは用事ができたからとすぐに離れると、軽微なペナルティが課されることもある。

 一区切りするまではまあ良いだろうと、渡はエアの終わりを待った。

 何事も順番を守ることは大切なのだ。


――――――――――――――――

注:登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

どなたかを連想したとしても全くの別人です。

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