第41話 掘り出し物

 大空市は星見ヶ丘街の一部にだだっ広い広場がある。

 そこに大勢の人々が集まって出入りが盛んだったため、近くまで寄ればすぐに気が付くことができた。


 衛兵が立って出店料を徴収しており、銅貨二枚と非常に安かった。

 購入者には特に費用はかからない。

 外周はロープと幌が張り巡らされ、指定された出入り口以外からは出入りできなくなっている。

 隠れて出店する不届き者を避け、また持ち逃げや引ったくりなどの被害を防ぐためだろう。


 テントを張っているものもあれば、テーブルを置いて商品を並べている処もあり、茣蓙を敷いて小さな椅子に座って客待ちしている人もいると、非常に店側の性質も多岐にわたる。


「すごい人だな。広場も広そうだけど、それ以上に人が多い。初詣の神社とかコミケみたいだ……」

五十日ごとおびは大体の町で市が開かれるんですよ。参加料さえ支払えばだれでも出店できて、好きな物を売ることができます」

「なるほど。ここならじゃあ」

「うん、アタシたちが求めてる付与された装飾品も見つかると思う」

「エア、いい提案だった。でかしたぞ」

「えへへ。主、もっと頭なでてー」

「よーしよしよし」


 渡が頭を撫でると、エアは尻尾を左右に大きく振って喜んだ。

 こちらの世界だと尻尾をまったく気にせずに動けるので気楽だそうだ。


 大空市はギルド制の発達した社会と、とても相性がいい。

 ギルドは職人や商人の集まりであり、権益の塊である。

 ギルドは扱っている商品の粗悪品を流出させないという役割を負っている。


 所属していない者が継続的にその商品を取り扱って販売すると、制裁されることすらあり、その自治権を有していた。

 日本で言うところの『座』が該当する。


「基本的には何でも商売ができる日本でも、一部の薬品や危険物、古物は国による管理が行われているんだ」

「ギルドの場合は、それぞれの職人が組織を作って、これらの管理を行っているところが大きな違いですね」

「そうだなあ。なんで国が管理しないんだろう? 一元管理しないと、地域によって差が大きくなりそうだけど」

「主、領主の力が強いから、できないと思う」

「ああ、そうか」


 エアの発言にはっとさせられる。

 近代国家と違い、この世界は多くの貴族がそれぞれに領地を治めている。

 権限が分散し、かつ責任もそれぞれを負う以上、一方的に国が管理するのは難しくなる。

 だからこそ、領主が大空市に力を入れる理由にもなる。


 ギルドは儲けたい。

 だから他者の介入を可能な限り許さず、価格も統制しようとする。

 民としては自分で買った商品が何らかの理由で要らなくなっても、売ることができなくなる。

 ギルドに持ち込んでも二束三文でしか買い取ってくれないだろう。

 大空市の役割は民が持っている商品の流通を活性化させて、お金の流れを作り、ギルドを牽制しつつ、参加費を徴収するなど多くの利点があった。

 それだけに客や商品の種類を選ばないウェルカム商会は伸びしろがあったりする。


「ここでは街の人だけじゃなくて、近隣の村からも伝来の品とかを出品されたりしてます。掘り出し物はきっとあるはずです」

「装飾品に限らず、良いと思うものがあったら言ってくれ。できるだけ目ぼしい物は押さえたい」

「分かりました。がんばって探してみます」


 大空市の中に入れば、あとは流れに乗りながら目当ての店を探し続けることになる。

 どういう物が必要かを事前に相談しておきたかったが、生憎と渡が何が儲かるかを知らない。

 めぼしい物をとにかく買って試すしか方法がなかった。


 さていざ入るかという段になって、エアが渡の背中に体を寄せ、軽く抱き着いた。

 ふにょり、と背中に感じる圧倒的な柔らかさ。

 昨晩たっぷりと堪能したマシュマロのような柔らかな感触と手触りを渡は思い出す。

 永遠に触っていられると思う柔らかさだった。


 渡の思考が桃源郷へと旅立つ前に、エアがおねだりを始める。


「あるじー、アタシにも買ってほしいなーって」

「エア! 奴隷の立場で厚かましいですよ!」

「だってだって! ほしいもん! マリエルだって指輪とか欲しがってるくせに」

「そ、それは……、ち、違うのよ! あれはあくまでもほかの男除けに、ほら、私は奴隷だから!」

「やーい! 顔真っ赤ー」


 まじめなマリエルと、お調子者のエアの二人だと、いつもマリエルが揶揄われている。

 お馴染みの光景となりつつあるが、これから大切な仕事がある。

 そのまま続けさせるわけにはいかず、渡は手を叩いて注目を集めた。


「二人ともそこまで。仕事がしっかりできたら考えよう。あんまりダメな仕事ぶりだったら指輪じゃなくて首輪をつけるぞ」

「ひゃっ!? ご、ごめんなさい」

「ご、ご主人様、お騒がせして申し訳ありません」

「いや、そこまで怖がられると困る。俺も半ば冗談だったんだが……まあ、お仕置に夜につけるのも悪くないな」

「お仕置き……首輪……鞭……媚薬で寸止め……はぁぁ……」


(冗談のつもりで言ったんだけどな)


 渡はつとめて冗談の響きを持たせて言ったのだが、二人がそれを冗談だと捉えてはくれなかった。

 このあたりは主人と奴隷という立場による、言葉の影響の強さの問題だろう。

 たとえ冗談でも、それが本気だった場合のリスクが大きいために、聴き逃がせないのだ。


(マリエルなんか顔を俯いて体を震わせてるもんな。きっと本気で怖がらせてしまったんだろう。気をつけないと)


 これまで以上に関係を深めないといけないと思った。

 気を取り直し、入り口へと歩く。

 衛兵に軽く頭を下げて通り抜けると、一気に縁日のようなざわめきが辺りを包んだ。

 色々な人が店先で店主と交渉の掛け声が響き渡っている。


「さ、さあ、さっそく露天を回ろう。俺もこういう店を回るのは好きなんだ」

「そ、そうですね! 掘り出し物が見つかるかもしれないって、なんだかワクワクします」

「どうする、ものすごく貴重な品物が、価値を知らない人にタダみたいな値段で売られてたら」

「アタシは何も知らないフリして買う」

「そうだな。まあ、俺の住んでる世界なら色んな物が高く売れるチャンスがあるから、積極的に商品を探すぞ」

「分かりました。エア、買い物もだけど護衛もお願いね」

「おう! アタシに任せて!」


 ひとまずは、入ってすぐにあった男性が売っている小物を見ることにする。

 そこから何か良いものが手に入るような予感がした。

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