第40話 大空市

 二人との初体験を終えた翌日の朝、渡はベッドに仰向けに寝て、顔色を悪くしていた。

 腰と頭が鈍く痛んでいる。

 やり過ぎと飲み過ぎのダメージが体を痛めていた。

 起きた時間もいつもよりも遅く、早朝というのには程遠かった。

 昨晩は張り切りすぎたのだ。


「う、いててて……」

「大丈夫ですか、ご主人様」

「主、ポーション飲む?」

「ああ、ありがとう」


 渡と違ってマリエルとエアの表情はつややかで、輝いて見える。

 昨日までよりも一回り色っぽく見えた。

 今も渡の視線を受けながら嬉しそうに微笑を浮かべている。


 エアから渡されたポーション瓶の蓋を開けながら、体力が違いすぎるよなあ、と渡は内心で思った。

 媚薬で興奮状態になっているマリエルとエア。

 一人で二人分の相手をする必要がある渡。

 負担の大きさはあまりにも差がある。


 無尽蔵の体力を誇るエアが積極的に動いてくれたのだが、それでも翌日に深く疲労が残っていた。


(こんなことでポーションを使っていいのか……?)


 そんな思いもあったが、体の苦痛は今すぐに取り除きたい。

 特に二日酔いはキツかった。

 頭痛薬を飲むようなもの、と割り切って飲むことにする。


 ポーションには効能によって種類がある。

 急性用の急速、遅速、慢性用の主な三種類だ。

 これに産地や職人によって上等なもの、中等なものなどがそれぞれランク付けされていく。


 渡の飲んだものは急速の安物だった。

 さすがに原因が原因なので、高等なものを使う気にならなかった。


 ポーションを飲むと、痛みがすうっと消えていくのが分かる。

 急性用のポーションは慢性用よりも少し高額だが、その分驚くほどすぐに効く。

 兵士や冒険者が戦いの負傷に使用する用途が中心とはいえ、驚きの速さだった。


「二人は大丈夫なのか?」

「ええ。おかげさまで。少しだけ変な感覚がありますけど」

「ニヒヒ、昨日は気持ちよかったよー。またしよーね、主」


 恥じらいつつも問題なさそうなマリエルが顔を赤くするのに対して、エアはとてもフランクな態度だった。

 だが、よく見れば目元がうっすらと赤くなっていて、まったく平気というわけでもないらしい。


「俺の体より、お前たちのほうが負担は大きいはずなんだから、キツかったら遠慮なく言えよ」

「お言葉だけいただきます」

「本当に大丈夫だって。主もポーション飲んで元気になってきたみたいだね」


 昨晩あれだけ楽しんだというのに、下半身が膨張していた。

 が、これは男の生理現象であって、欲情したというわけではない。

 おかげでエアの揶揄するような笑みにも冷静に対処できた。


「痛みも落ち着いたし、朝飯を食うか。さすがにちょっとさっぱりしたものが食べたいな」

「スープとパンで軽めに済ませましょう。コーヒーは飲まれますか?」

「頼む」


 異世界に持ってきた渡の数少ない嗜好品がコーヒーだ。

 毎日何杯も飲んでカフェインが足らないと、やる気が出ない。

 こちらのお茶はノンカフェインらしく、味はともかくとして、満足できなかった。


(それとも俺が知らないだけで、もっと他にも色々な飲み物があるんだろうか?)


 人間は色々な植物を『お茶』として健康のために、嗜好のために飲んできた。

 ウィリアムに紹介された以外のお茶があっても全然不思議なことではない。

 そういった飲食品を探すのも、渡の楽しみの一つだった。


 ○


 遅い朝食を終えて、渡たちは宿を出て街を歩いていた。

 本命の交渉を終えた今、交易品の仕入れが主な目的になる。

 仕入れのうち、薬に関してはそれなりに手に入った。


 特に慢性症状に対応した薬は高額で、作るにも手間がかかるということもあり、一店舗で数を揃えるのは難しい。

 街の薬屋をいくつか周り、今後は定期的に仕入れるためには、薬師のギルドなどに定期発注を頼む必要があるだろう。

 とは言え、これは星見ヶ丘ではなく、本拠地の南船町で行ったほうが効率的だ。


「あとは付与術アビリティのついた装飾品が欲しいところだけど……」

「驚くぐらい売ってくれるところがありませんね」

「みーんな王都に持っていっちゃうんだって」


 装飾品を売っている店自体はいくつもあったが、能力の付与が行われた商品は、思った以上に管理が厳しい。

 領地が一体となって領外への輸出を行っている。

 どこが規律に対して弛い、言い方を変えれば強欲な店がありそうなものだが、今のところ表通りに構えている店はどこもしっかりと断られた。

 いい加減、何度も足を運んで空振りばかりでは、気が滅入ってくる。

 心なしか渡たちの足の運びもゆっくりになっていた。


「こりゃ諦めるしかないかなあ」

「裏通りの怪しい店は、付与といってもどんな効果があるか分かりませんしねえ」

「たしか体調が悪くなったり、能力が下がるような物もあるんだって?」

「ええ。男爵様に口利きをお願いしておいた方が良かったかもしれません」


 古い付き合いのある商家などでは、おそらく取引されているところもあるだろう。

 紹介状もなく馴染みになるつもりもない渡たちでは、店から購入するのは難しそうだ。

 そんな時、ふいにエアが大きな声を挙げた。


「そうだ! アタシいいこと思いついた!」

「良いこと?」

「なにか良い手があるんですか?」

「うん。今日は十のつく日だよ。市があるじゃん!」

「市?」

「なるほど。その手がありましたか」


 一体何を言っているのか理解していない渡に対して、マリエルは納得した表情で頷いている。

 渡は詳しく話を聞くことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る