第11話 本物の愛は奪うより与えるもの

 すると、裕星が呆れたように彼女たちに声をかけた。


「まあまあ、こいつのことは絶対許せないけど、今後こんなことがないよう、君らも偽者に引っかからないように気を付けた方がいいよ。

 それと、一応警察に届けたほうがいいかもな。相当お金を貸してる人もいるんでしょう?」


 裕星が女性たちに訊くと、「そうなのよぉ! こいつが裕星のふりして、私たちを騙してたのよぉ。結婚するとかなんとか嘘つかれて百万近くもつぎ込んだ子もいたんだからぁ! 私たちの中で、彼のこと本気で裕星だと思ってた子も多いし……やっぱりぃ警察に届けたほうがいいですかぁ?」

 急に本物の裕星に甘えたように猫なで声で訴えた。



「ああ、その方が俺の誤解も解けるし、君たちの気も晴れると思うよ」


「うわ~、本当にごめんなさい! 借りたお金は返すから、警察には届けないでください!」

 偽者が土下座どげざをして謝っている。


 裕星は偽者を一瞥いちべつすると、「こいつのことは皆さんに任せます。俺の名誉回復めいよかいふくのために捕まえようと思ったけど、口ほどにもない奴だし、後は君たちに一任いちにんすることにします。

 俺もこいつのせいで思い切り酷いガセを書かれて名誉棄損めいよきそんで週刊誌を訴えたいところだけどね」



 そう言うと、裕星は美羽と真夢を連れてVIPルームを出たのだった。本物の男らしさを目の当たりにした女性たちは、ますます目をハートにして裕星の後ろ姿を見送っていた。


「裕星、これからも応援してるからねー!」

 裕星と美羽たちの背中に、黄色い声が押し寄せてきた。






 真夢は改めて本物の裕星をじっと見つめた。

「海原裕星さんって、本当にテレビで観るのと同じく男らしい方ですね。それに落ち着いていて頼もしいです。それなのに、あんなのと間違える人たちがいるなんて信じられません!」


「いやいや、たとえファンでもしっかり僕らを見てるわけじゃないということが分かったよ。

 こういう偽者は週刊誌にとってはいいカモなんだ。わざと間違えたふりをして、本人が絶対するはずのない行動をしたとして記事にすることがある。それがあいつらの常套手段じょうとうしゅだんだからな。


 あいつは詐欺さぎまがいのことをしてもちろん責められないといけないが、もっと悪質なのは、偽者だと知っているくせに知らぬふりで記事にする週刊誌の奴らの方さ」

 裕星が苦笑した。


「そうですよね。でも、今回のことで、あの記事は訂正されるかしら?」美羽が心配そうに訊いた。


「さあな。それでも記事を訂正しなければ、相当腐ってるやつらかもな。きっとあの子たちが証明してくれるんじゃないかな。もし彼女たちが俺のファンだとしたら、常識と正義感があることを祈るだけだよ」



 裕星と美羽たちがクラブを後にしようと外に出たときだ。


「おい、待てー!」


 振り向くと、スタッフに追いかけられ奥から慌てて逃げ出しきた男が裕星にぶつかって転んだのだった。



「大丈夫ですか? お怪我は……」


 裕星が手を伸ばして、その男を起こそうとすると、「優一?」先に真夢が男に駆け寄った。



 真夢は尻もちをついている男の両肩を掴んで揺すった。

「ねえ、優一でしょ?」


 男は驚いて顔を上げると、真夢を見て、ハッとしてすぐに立ち上がった。


「真夢……」


「やっぱり優一だね。一体今までどこに隠れていたの? 探したんだよ!」真夢が優一の腕をがっちり掴んだまま訊いた。


 優一と呼ばれた男は、しばらく目を伏せて言葉を発しなかった。


「ねえ、優一、一緒に警察行こう。自首して。そして、もう一回田舎でやり直そうよ」

 真夢が優一の腕を揺すって顔を覗き込んでいる。



「真夢さん、この方が中田さん? 幼馴染の……」美羽が訊いた。


「はい。あの時のまま顔も変わってなかったです」

 真夢は少し悲しげに笑って言った。


「そうですか……。裕くん、この人が真夢さんが探していた人だそうです」


「ああ、知ってる。あのニュースの……」

 裕星がうなづいた。


 スタッフたちが客をかき分けやっと追いついた。

「すみません、捕まえて頂いて。そいつは指名手配の男です!」


 すると裕星は、追いかけて来たスタッフを手で制止した。

「俺が彼を責任もって警察に行くように言いますから、大丈夫です」


 スタッフたちは、裕星の顔を見るなり、あっと驚いたが、裕星の言葉を信じてくれたのか、一礼すると持ち場に戻って行った。






 4人は近くのレストランの個室に入った。しばらく真夢に任せて、裕星と美羽は二人を見守りながら、少し離れたテーブルについた。


「優一、今までどこにいたの? ご飯は食べられてた? ちゃんと眠れてるの? ねえ」

 真夢がテーブルの角を挟んで隣に座った優一のうつむいた顔をのぞき込むようにして訊いている。


 しかし中田は何も言わず、きまり悪そうにまだうつむいている。


 しばらく、真夢の一方的な話を聞いていた裕星が、ごうやして中田に声を掛けた。


「あの、俺は部外者ぶがいしゃだけど、言わせてもらってもいい? 君が何をしたかは、ニュース以外のことは知らないけど、少なくても君が迷惑を掛けた人が大勢いることは分かっている。


 本来なら、その人たちに謝って済まされればいいが、もう被害届も出てるし、指名手配もされてる。逃げても手遅れなんだ。


 君に金を貸した人たちには気の毒だが、君は金よりも本当に大事なものがあったんじゃないのか? 君のことを本気で立ち直らせたいと思ってる人。それが彼女、真夢さんじゃないかな。


 本当の愛情は金では買えない。生活のためなら、どんな辛い仕事でもするはずだ。なのに、君は簡単に金が手に入る方法を選んだ。君を手に入れたいと思う人の気持ちを利用してな。


 だけど、どんなに金が手に入っても満たされてなかっただろ?

 それは、代わりに家族のような無償の愛を手放していたからだよ。


 その無償の愛は金よりも高価で尊いものだ。君のことを思って、田舎から身着みきのまま出てきた彼女は、君の家族以上の愛情をもっていると思うけどな。


 本当の愛を持ってる人は、君を罪から逃がすことではなく、更生してちゃんとお日様の下で生きて行くことを願ってくれる人のことだと思う」


 裕星の言葉をじっと聞いていた中田が顔をあげて裕星を見た。その目はさっきまでの何かにおびえ、触れれば噛みつくような鋭い目ではなく、やっと自分の居場所が分かった安堵あんどにあふれた目に見えた。



「すみませんでした……」

 中田はやっとかすれた声を発した。


「いや、謝るのは俺にじゃない。彼女にだろ?」

 裕星はそう言うと、真夢の方へ目を向けた。



「……海原さんの言う通りよ。私、待ってるから。ずっと何年でも待ってるから。また島根に帰ってきて。そして一緒に働こうよ」

 真夢があふれてきた涙をポロリポロリとこぼして言った。



「―—真夢。ありがとう。お前、ずいぶん大人になったな」

 優一に言われ、真夢が頬をふくらませた。

「いったい私をいくつだと思ってるの? もう8つのお転婆てんばじゃないんだよ!」


「うん、分かってる。真夢、俺なんかを追いかけてきて、何やってんだよ」中田がチラリと真夢を見た。


「それは……。それは優一のことがずっと好きだったからでしょ!」

 そう言って頬を赤らめた。



「俺のことを?」


「そうだよ。子供のころからずっとよ」


「気付かなかった……」


「そりゃそうだね。優一の周りにはいつも可愛い女の子たちが群がってたから。私みたいな地味な子は目にも入らないよね?」


「―—そうじゃない。俺が鈍感だっただけだ。俺はいつも本当に好きな人を探してたけど、本当に好きになれるやつはどこにもいなかった。できなかったんだ――。


 それは、ずっと真夢が、お転婆で色気のかけらもないお前がいてくれて安心してたからだったかもな。ごめん、遊び人みたいなことをして、犯罪にまで手を染めて……」


「一緒に警察に行こう?」


 真夢に言われ、優一は静かに頷いた。


 美羽は裕星の顔を見て目配せすると、二人でそっと個室から出たのだった。

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