第10話 本物と偽者の違い

 すると、スタッフが、「失礼いたしました。どうぞお入りください。何かお飲み物のご注文はありますか?」

 手のひらを返したように丁寧に美羽たちに応対している。


 上手くいったとばかりに真夢まゆが、「それじゃあ、生オレンジジュースを二つ持ってきてください」と慣れてる客のふりをした。




 第一の関門を突破した二人は、恐る恐る仰々しいドアの中へと入って行った。


 開けたドアから出てきた景色があまりにも派手だったせいか、二人は呆気に取られ辺りをキョロキョロしながら立ち止まっている。

「なにここ、すごいわ。ねえ、美羽さん、ここって、まるでお城の中みたいね」と真夢が小声で言うので、美羽も「私もこんなとこ初めてです。そのお城にさえ行ったことはないですけど……」とささやいた。



 すると、中にいる女性たちが、今入ってきたばかりの新参者しんざんものの二人を一斉いっせいにじろりとにらんだ。


 美羽が言葉も出ずに立ち尽くしていると、女性たちの背後から、彼女達一人一人の肩に手を触れて静かに押しのけ、背の高い若い男が現れた。


「やあ、君たち。俺がどっかで拾ってきた子猫ちゃんたちなのかな?」


 美羽はゾワッと背筋に悪寒おかんが走った。もはや裕星には似ても似つかない、派手な出で立ちの、いわゆる世間で言うところのチャラだったからだ。


 裕星モドキは、美羽の前に立つと、じっくり品定しなさだめでもするようにジロジロと頭の先から足の先までながめまわしている。そして、じりじりと近づいて、美羽が思わず後ずさりするまで接近すると、「君さ、どっかで僕と会ったことある? すごーく地味な格好だけど、よく見たらすごい綺麗な子だね。こんな逸材いつざいどこに落ちてたの?」


 そう言って、うつむいている美羽のあごを、曲げた人差し指の腹ですっと上げようとした。


 美羽が咄嗟に避けたので、裕星モドキは逆に驚いている。

「あれ? どうしたの? 純粋ちゃんかな? へぇ、お友達の方もなかなか可愛いね。二人とも名前はなんて言うの?」

 懲りずにニヤニヤしながら美羽たちをまだ見つめている。



「わ、私は、天音美羽あまねみうですけど……」

 美羽はあまりの嫌悪感けんおかん身震みぶるいしていたが、つい思わず本当の名前を言ってしまった。


「美羽ちゃんかぁ。初めまして、美人さん」

 裕星モドキは、この時すでに裕星ではないことを自白したようなものだ。

 本物の裕星であるならば、恋人の美羽を知らないわけはない。しかし、偽者は美羽を初めて見たと自分から白状しているのだ。


 すると真夢が美羽の前に出て、「私は岡田真夢おかだまゆよ。私のこと覚えてないの?」と偽者ににじり寄って訊いた。


 裕星モドキは、真夢の顔をジロジロ見ていたが、「う~ん、ごめんね。俺はファンが多すぎて、全員は覚えきれないんだ。でも、忘れたわけじゃないよ。ファンは皆が俺の恋人だからね」ずけずけと歯の浮くようなことを言っている。



「そう? ねえ、それよりも、あなたの名前はまだ聞いてないけど?」


 真夢が裕星モドキの表情をうかがうように言うと、美羽も、ゴクリとつばを飲み込んで裕星モドキの答えを待った。


 すると、何も気づかぬ様子で図々しくもこう言ったのだった。


「君たち、テレビ見ないの? それとも、まだ俺のファンじゃないのかな? ふふふ、俺は天下のラ・メールブルーのヴォーカル、海原裕星かいばらゆうせいだよ」



 その歯の浮くような言葉を聞いて、美羽は、思わず裕星モドキの顔を睨んだ。――何を言ってるの? そんな嘘を言うから、世間の人も裕くん本人だなんて信じてるのね? 


 すると、真夢まゆが「しらばっくれないで! あなた、優一ゆういちでしょ? 私よ、真夢よ! 島根からわざわざあなたを探しに来たのよ!」と男の前に立った。



「ちょ、ちょっと待って、島根って、それ日本のどこのこと? 俺は東京出身だし、真夢っていわれても……もしかして、俺、無意識に島根まで行ってナンパしたことあったっけ?」

 男は本当に知らないとばかりに、頭を掻きながら苦笑いしている。




 真夢が怒りに任せて裕星モドキに飛びかかって行こうとするので、美羽が急いで止めた。

「真夢さん、この人は本当にあの彼なの? 聞いていた雰囲気とは少し違う気がするけど」


「―—そうね。私も今会って話してみたら全然違った。じゃあ、この人は誰なの?」



 すると、周りにいた女性たちがじりじりと美羽と真夢を囲んできた。


「ねえ、さっきから裕星に親しく話しかけてるけど、会ったばかりでよくそんな態度できるわね。私たちだってなかなか会えないのに、会ってもらえるだけでもありがたく思いなさいよ!」


 今にも胸が見えそうに開いたミニのドレスの女性たちが、まるで裕星モドキを守っている女兵士かのように美羽たちを牽制けんせいしている。



「ちょっと、君たち、止めなよ。さあ、子猫ちゃんたち、気にしなくていいから、今日は俺と一緒に遊ぼうぜ。特に、君、すごい綺麗なのにもったいないね。どうしてそんな地味な恰好してるの?

 よかったら、もっと綺麗にしてあげるよ。ああ、亜子あこちゃん、彼女にドレス着せて化粧してあげて。きっとものすごい美女に変身するよ。元が美人さんだからね」


 近くにいた女性にそう言うと、美羽の肩を抱いて力づくで奥の部屋へと連れて行こうとしている。どうせ変身させるなどとはハナからのウソで、美羽と個室で二人きりになろうとしていたのだろう。



「止めてください! 私、帰ります!」

 美羽が裕星モドキの手を振り払おうとしたが、肩をがっしりととらえられ、更に裕星モドキに腕を回され身動きができなくなっていた。


「助けてぇー! 裕くん!」


 美羽は思わずここにいるはずのない恋人、裕星の名前を叫んだ。




 するとその時、VIPルームの扉がバタンと音を立てて大きく開いた。


「おい、お前! 何してるんだ! その手を放せ!」


 VIPルームの入り口に立っていたのは、裕星モドキよりも格段かくだんとスタイルがよく、上品なちの本物の裕星だった。その手には、今はぎ取ったばかりのマスクと黒縁眼鏡くろぶちめがねが握られていた。



 すると、VIPルームの女性たちが、一瞬言葉をなくして本物の裕星に注目して呆然ぼうぜんとしている。

 裕星モドキは、突然の侵入者に驚いて美羽の肩から手を放したが、本物の裕星の姿を一目見るなり、ああっ! と声を上げて、一瞬でへびにらまれたカエルのような情けない顔になった。



 裕星は驚いて立ち尽くしている女性たちを尻目しりめに、ツカツカと裕星モドキに近づくと、自分に似ていると言われたその顔をまじまじと見て、ハア~とため息をついた。


「どこが似てるんだ? 俺がこんなやつと間違えられるなんて……。お前、まだこんなことやってるのか! 一度は見逃してやったが、二度目は許さないぞ。今度は覚悟しろよ!」


 本物裕星に言われて、裕星モドキは「すみません、すみません……」と小さく丸まって、不格好にもペコペコと頭を下げている。


「裕くん、この人と会ったことがあるの?」

 美羽が急いで裕星の元に駆け寄って訊いた。


「こいつ、俺のそっくりさんで、俺がゲストの番組に出たことがあったんだよ。あの時あたりから、俺がこいつと間違われて、どっかの知らないモデルとの熱愛の噂を立てられるわ、それで週刊誌には追いかけられるわで、ひどい目に遭ったんだ」



「そっくりさんだったのね?」


「見た通り似ても似つかないけどな」


 すると周りで二人のやり取りを見ていた女性たちがザワザワしだした。


「ねえねえ、あっちの方が本物の裕星だよね? ええっ、よく見たら全っ然違うじゃん! ホントだ、どうして分かんなかったんだろ? 顔もちっちゃいし、鼻も高いし、スタイルいいし、本物の方が一億倍いちおくばいイケメンじゃん! ねえ、どういうことよ!」

 女性たちは裕星モドキににじり寄って問い詰めた。


「ご、ごめん。つい出来心できごころで……」


「出来心でうちらから金を巻き上げてたの? 今すぐ返してよ! 今までみついだ金、全部返して! この偽者!」

 女性たちは裕星モドキの首根くびねっこを捕まえてもみくちゃにしている。

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