つかれた。

粟生屋

前編


ザアザアと雨の音が暗い山道にこだます。

ぬかるんだ夜道は、泥のように雨靴にまとわりつき、足取りがひどく重くなる。

8月の季節特有の湿気と熱気によって体温が上がり、体を冷却しようと全身から汗が噴き出す。

しかし、雨露を凌ぐためにきたレインコートは、体内の熱を微量たりとも逃がす気がなく、ただ生暖かい液体が全身を伝う。

これじゃあ着た意味がないなと思うほど、衣服はそのまま雨に打たれたように汗で濡れて、さらに体が重くなる。

全身の水分と体力奪われながらも、真夜中の暗く足取りが悪い山道を進むのには、ある目的があった。

背中に背負った重く大きい荷物を捨てるためだ。

終わりが見えない山道が続き、気を紛らせようと脳が別のことを考えるように促す。

私はこの出来事の原因となった彼女のことを思い出した。



数時間前、私と彼女はベッドに横になりながら、気だるい沈黙が続く時間を過ごしていた。

別れましょう

沈黙を破ったのは、彼女のほうだった。

そしてもう一言付け加える。

あなたといたらつかれるの

振り向かずに私もつぶやく。

僕もだよー

聞き終わらないうちに彼女はベッドから起き上がり、白いワンピースを床から拾い上げて浴槽へと向かう。

シャワーの音を背後から聞きながら、私は彼女との関係が終わったことを感じた。


彼女がいなくなった今、私は浴槽に立って彼女のだったものを処分しなければならかった。

ビニールでものを包み込み、ガムテープでさらに梱包する。

そして、夜に車に乗せて、山道の入り口へと向かう。

荷物を背負いながら、これがかなり疲労する作業だと実感する。

彼女はいつも僕をつかれさせる。これからもずっと



そうこう頭を巡らすうちに、山道が途切れ、やっと目的地にやってきた。

目の前に大きな湖が広がる。

湖は深く、茶色く濁っている。

ここならきっと荷物を誰にも知られることなく捨てられるだろう。

私は荷物を湖に投げ捨てる。

幾多の雨が規則正しい波紋を水面に浮かび上げている。

そこに荷物を落とす。

湖に不自然な半円が広がると、水面は激しく揺らぎ、一面に不協を与えた。

やがて、荷物が底に沈み、姿が見えなくなると同時に不協は収まる。

湖はかつてと同じ、最初から荷物を捨てた事実がなかったかのように、再び規則正しい波紋を描き続けた。

私は振り返り、先程の山道へと戻る。

重い荷物から解放されたにも関わらず、足取りは一向に軽くなる兆しが見えない。

まだ、荷物を背負っているような錯覚をひきおこす。


明日にはきっとつかれているだろうな


私はそう微かに苦笑しながら、ゆっくりと山道を歩いていった。






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