異性に興味を惹かれるウブな年頃に於いて、「告白」は学校生活を送る上で必ず頭に浮かぶ事柄の一つだろう。玉砕に終わって抱く間近の後悔など、いずれ経験に変わり、咀嚼できる日がくる。だからこそ、一人の女子生徒を見初めて、如何に好意を抱いているかを伝える告白の機会を今か今かと伺う彼の背中は、押し出してやりたい気分に駆られる。


「付き合ってくれませんか」


 女子生徒は困惑した。初めて交わす会話がまさか、好意の選別であるという事に。


「あの、私、」


 どこを見るべきなのかも定まらず、彼に返す適当な言葉を探る。それはそのうち沈黙に変わり、必然的に答えが出てしまった。


「ごめん。急に言われても困るよね」


 気落ちした背中は丸みを帯びて、思わず呼び止めたくなる哀愁があった。それでも、女子生徒は彼を黙々と見送り、放課後の自由な時間を取り戻す。とりわけ赤く燃える太陽は、校舎から人払し、離れ小島のような雰囲気が醸成される。


 女子生徒はそんな校舎に別れを告げて、自転車置き場に向かった。しかし不意に聞こえてくる、管楽器の青い音色が女子生徒の足を掴んだ。同じ数小節をもたつきながら何度も吹き直す。それは小指がうまく扱えず、速いテンポになると薬指で穴を抑えてしまう悪癖を矯正しようとする訓練であり、女子生徒は怖気を覚えた。


 周囲の音に刻々と置いていかれる焦燥感から、指がもつれて和を乱す。何度注意されても指の運びは滑らかにならず、女子生徒にとって合奏とは、どれだけ周囲に紛れられるかを思考する時間であった。


「なんで……」


 世にも奇妙なハーメルンの笛吹き男が現代日本を舞台に現れた。狼煙のような笛の音色に女子生徒は導かれて、通い慣れた廊下を歩く。億劫に思うほどの道程を経て、部屋の前に着けば、下腹部に石を孕んだかのような重みを感じる。女子生徒はひたすら頭を垂れて、唾を立て続けに飲み込んだ。顔色は見る間に悪くなっていき、今も尚、扉の向こうから聞こえてくる笛の音に目蓋も微睡み始めてしまう。それは極度のストレスから身を守る為の、心的外傷を受ける手前までいった人間の防御姿勢であり、部屋の中へ入っていくなど考えられない状況にまで追い込まれていた。


 だがしかし、女子生徒は拳を作る。そこには固い決心が伺え、扉の取っ手に勢いよく手を伸ばすだけの強い反骨心が生まれる。一気呵成に部屋へ入れば、一人ぽつねんと笛を吹く影法師を眼前に捉えた。女子生徒はよく知っていた。膨大な時間を割いてまで打ち込む徒労なる姿の忌まわしさを知っていた。


「辞めちゃえばいいんだ。もっと楽しいことが他にあるのに。縋り付いたって仕方ない」


 自分が身を置く環境に絡め取られ、束縛に近い形で吹奏楽部へ定住していた女子生徒は、本当の気持ちをあけすけにし、確固たる気持ちでもって影に近付こうとすれば、


「貴女は間違っている」


 覆しようのない本音を真っ向から否定された。


「これ以上、続ける意味なんてない!」


 靄を払い除けるように右腕を扇いで、自分の口から出た言葉が如何に心に基づいたものなのかを演出した。しかし、影はこう続ける。


「逃げようとしたって無駄。それじゃあ結局、何も掴めはしない」


 露見した本音が只の稚児の弱音として処理されて、女子生徒は唇を噛むしかなかった。


「なりましょう。一つに」


 女子生徒の目と鼻の先まで迫った影は、頭部を模した球形を横半分に分けた。そして、女子生徒の特徴的な犬歯をも緻密に再現する口腔が、刹那の間に形作られる。影は女子生徒の右手を口の中へ引き寄せた。指先を含み、前歯が第一関節を押し潰し始める。指は万力に挟まれたかのように口内で反り返り、間もなく肉が穿たれた。骨に達したとみるや、犬歯へ受け渡し、その鋭さを利用して骨を寸断した。


 第二関節から手首、順を追って細切れにされていき、遂に右腕が失われた。失神めいた立ち眩みが女子生徒の足を襲い、床に膝をつく。ほとんど放心状態の女子生徒に影は情け容赦ない。バランスが悪いと左腕も食らってしまい、自立する為の両足は必要ないと飲み込んでしまう。


「これ、これで、ひひ、ひとつ?」


 女子生徒は最後の力を振り絞るように薄弱な声を発して訊くと、肌色の手足を獲得した影が言い迫る。


「そう。貴女は私になるの」

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