とある鍛冶師のパラドクス
神村 涼
EP1.伝説の装備とは何か
鍛冶場に金属同士がかち合う音が響く。鉄槌を振り下ろすガランの姿があった。長年鍛冶師で生計を立てている。そして、いつの間にか国一番との噂さえ流れ始めていた。無駄な脂肪は無く、引き締まった身体が汗を撒き散らす。彼が鉄を叩いているのは騎士団へ納品するロングソード。受注数の十本の内、最後の一振りだった。
出来上がった剣を手に取って感慨深く眺めていると、弟子のトムソンが水を運んできた。
「御師様。どうかされましたか?」
「どう思う?」
「と言われましても、騎士様達の使い捨てロングソードにしか見えませんが?」
乾いた喉に水を掻き込みガランは一呼吸おいた。
「全くもってその通りだ。儂は常々思う。何の面白みも無いなとな」
「何を仰るのですか。それで我々は食べて行けるのです」
年若き弟子のトムソンは呆れた素振りで師を諫めた。
「なぁ、考えた事はあるか?」
「また始まりましたね。今度は何ですか?」
ガランの決まり文句と言っていい。その言葉を聞いて、トムソンは深い溜め息を吐いた。
「伝説の装備とは何か?」
「それは神の加護が宿ったとか、英雄が使っただの、伝承が伝説足らしめるのでは無いでしょうか。あとは強力な加護ですかね」
「トムソンの言う通りだと儂も思う」
この時トムソンはやけに素直に飲み込んだなと、怪しんでいた。いつもであれば、ここからが面倒くさい筈だ。
「だがしかし、儂は思うのだ。勇者や冒険者が伝説の装備を見つけたら、着用するよな? あいつらは嬉々として今まで装備していた物をその場で脱ぎ捨てる。神から直接授かる物を別にすれば、そこら辺に落ちていた物や古びた宝箱に入っている物をだ。〇〇の兜とか、××の鎧とか、いつ誰が使用したかも分からねえ物をな。きたねぇの一言に尽きる」
トムソンはやっぱりかと肩を落とすのだった。
「強力なんですから仕方がないんじゃ無いですか? 彼、彼女達は命が掛かっている訳ですし、多少汚いくらい想定の範囲内でしょう。他に何か気になる事でも?」
「その装備が拾った奴に
「そんな、いざこざがある訳無いでしょ! 少年少女達の夢を奪わないで下さい! ほら、あれですよ。あれ。例えば戦士のフルプレートを着て、魔女っ娘や女信徒が動ける訳が無いでしょう。あれ重いですからね。下手をすれば魔女っ娘一人分の重量ですよ。戦士さんの汗臭さが嫌な訳じゃ無いですよ。……たぶん」
「儂は戦士とは一言も言って無いが、何か恨みでもあるのか?」
「そんな事今どうだって良いでしょ! ただの例え話ですから!」
ガランは顎に手を当てて成程と頷く。トムソンからしてみれば、本当にどうでも良い話で、出来たロングソードを納品して晩飯の事を考える方が重要だった。
「納得頂けたようで何よりです。では、私は納品して来ますので――」
「いや、待て」
「……まだ何かありますか?」
いつもの事ではあるが、トムソンの振り返った顔は少しやつれていた。どうやら騎士団への納品の受付には間に合いそうに無い。今日の晩飯も薄めた野菜スープのみになる事が決定したのだった。
「百歩譲って着こなせる事は良い。別にどうでも良い事だ」
「どうでも良いんですか!? さっきの時間は何だったんですか? 先程の問答が無ければ納品に間に合いましたよ!」
「落ち着け馬鹿者が」
(いや、あんたのせいだから)
「重要なのはここからでな。強力な装備ゆえに、汚かろうが装備する事は良い。儂が着る訳では無いからな、好きにすると良いのだ。儂が許せないのは、弱いけど見た目は普通の装備が良かったとかあるだろ? でも、先に進む為には、泣く泣く伝説の装備を着ないといけない訳だ。それって可笑しいと思わんか?」
「まぁ、御師様の言いたい事も分かりますが、伝説の装備ですからねぇ。普通の装備と一緒じゃ特別感が無いでしょう」
それだ! と、ガランはトマソンへ向けて指を差す。
「その特別感というのは何処か? という話だ」
「それはですから、英雄が使っただの、伝承が――」
「否だ!」
(うぜぇぇぇ、聞いたなら、最後まで言わせろ)
「そんなもの、尾ひれ背びれがついた戯言に過ぎん。重要なのはその装備の能力値にあると儂は考える。で、あれば……その能力値のままに、好きに見た目を変えてもそれは伝説の装備足りえるのでは? という事になる」
「はぁ、まぁ。性能が変らなければ、そう? なのでしょうね」
ガランは徐に立ち上がると、依頼用の箱を漁りだした。戻って来た御師様が抱えていた装備品にトマソンは目を疑った。
「それは先日、来店した勇者からの依頼で預かった。聖剣アルテミストでは無いですか!?」
聖剣たる所以は両刃の刀身が神々しいまでの白さと、天使の羽を模した鍔であった。装飾からして神聖な気配を纏う列記とした伝説の装備だ。正直、見た目は陳腐で格好良いとは言い難い。
でも性能は素晴らしい。聞いた話によると蒸かした根菜の様に何でも刃が通るとか。確か依頼内容は手に馴染むようにして欲しいだったよな。なにやら嫌な予感がする。
「それをどうするおつもりで?」
「確か勇者殿は、元騎士団所属であったな。手に馴染むという話であれば、そこに転がったロングソードの見てくれが良いだろう」
「いやいや、何を仰るのですか。良くないでしょう!? この
ガランは訝しむ表情を弟子へ向けた。
「先程も言った通り、能力値を変えず、原材料はこの剣のみで形を変えるだけだ。それは、元の聖剣と何ら変わりは無い。まあ、そこで見ておれ」
(あっ、もう槌を振り出してしまった。確かにそう言われれば、聖剣には変わりがないような。うーん)
窯に入れた剣が熱気で刀身が赤に染まっていく。ガランはそれを幾度と無く叩き始めた。ガランの熟練した技巧によって、打ちつけられた聖剣は何て事だろう。先程までの神々しさは影を潜め、先程作っていた何の変哲も無いロングソードと瓜二つの形状に変貌したではありませんか。その技術力は流石、御師様と言うべきだが――。
「やっぱり、可笑しいですって! 今なら誰にも見られていません。直ぐに元に戻しましょうよ!」
「それは出来ん。だって――」
御師様が言い終わる前に工房の戸が開け放たれる。そこに立っていたのは勇者だった。
「時間通りに来たと思うが、依頼は出来ているかい?」
(あんた何やってんの!!!)
トマソンの目は飛び出るほどにガランを見つめるが、彼は見えてない振りで口笛を吹く。聞こえてくるのは息の抜けた音だけだった。一方、イケメンの勇者は自分の剣が見当たらない事に首を捻っていた。
(ほらー! 怪しんでるじゃないですか!? どうするんですか? このままじゃ吊るされちゃいますよ!?)
「何、儂らは悪い事をしたわけでは無い。依頼通りの品を納品するだけだ」
慌てふためくトマソンを尻目に、ガランは聖剣ロングソードを持って立ち上がる。しかし、先程まで熱気に当てられていたせいか、足元がおぼつか無い。転がっていたただのロングソードに足を取られて転んでしまった。
「大丈夫ですか!? 御し……さ、ま――!!」
床に散乱する十一本のロングソードがトマソンに言葉を失わせた。腰を擦りながら立ち上がるガランに目もくれず床を眺める。
(どれだ? どれが本物の聖剣ロングソードだ?)
無駄に精巧に作られたロングソード。もはや、弟子であるトマソンでは目利きする事も出来ない。自然と御師様を視界に捕らえる。
「???……!!!!!」
御師様の目は飛び出し開いた口は言葉を発していない。どうやら、御師様でさえ聖剣ロングソードがどれか分からないようだ。
(何やってんですか! 本当に吊るされちゃいますって! どうにかしてくださいよ!)
(分かっておるわ! 慌てるでない。堂々とする事がこの場では必要だ)
「痛たたたた」とワザとらしく腰を沿って、ガランは何でもありませんよという雰囲気を作り出す。続けて一つ、二つ咳ばらいをした。
「あー、勇者殿。この床に散らばったロングソードの中に、あなたの聖剣が紛れておる。持ち主であるなら、どれが本物か分かるであろう?」
(やりやがった、このオッサン! 持ち主である勇者がこれだと言ったものを渡す気だ。せこい、せこ過ぎる。だけど、これは妙案だ。ナイス、御師様)
床に散らばったロングソードを眺める勇者が不意に顔を上げた。
「いや……私の聖剣は白い両刃で装飾も神々しかったはず……。こんなくすんだロングソードでは無いが?」
(そりゃその通りだ! だから言ったんだよ! 元に戻そうって! うちのオッサン頭可笑しいんだって!)
それを聞いたガランは大きく目を見開き勇者へ向かって語気を強める。
「お主からの依頼は手に馴染むようにしてくれとの事だった。儂は仕事において手を抜いた事は一度も無い。それでも分からぬ――と、そう仰るのですかな? 見た目で判断するとは、あなたはそれでも勇者か!!」
(てめぇがそれでも鍛冶師か!! 依頼の解釈がぶっ飛び過ぎてんだよ!)
「う。むう、それはそうかもしれない? ……か?」
ガランにそう言われてしまった勇者は、その肩書が邪魔をして反論出来ないようだ。それから、しばらく床に散らばったロングソードと睨めっこした挙句、一本のロングソードを手に取る。
「これ? ……だと思う」
「おめでとう。流石は勇者様だ」
ガランは祝福の拍手を送る。
「どうだ? 手に馴染む感覚があるだろう? ちょっと、振ってみるが良い」
勇者が振る剣は甲高い風切り音を鳴らし、何でも切ってしまいそうだった。
「ああ、間違いない。この手に張り付く感じ、振り慣れた感覚は忘れもしない」
(それは勇者様が騎士団時代に慣れ親しんだロングソードだからでは?)
「お気に召して頂けましたかな?」
「もちろんだ! 姿形は違えど、これは正しく聖剣だ! 見た目に囚われていた私は何て未熟者だったんだ。これは疑ってしまった詫びをプラスしてある。受け取ってくれ」
丸々と太った革袋を机の上に置いて、勇者は満足げに帰って行った。それを見送り鍛冶場周辺に人がいない事を確認したトマソンは御師様に尋ねる。
「あれが、本当に聖剣だったのでしょうか?」
「勇者自身がそう言ったのだ。儂らが口を挟む隙などありはしない。それと言っておくが、明日朝一番にロングソードを納品してこい。絶対だぞ」
(これ……絶対、証拠隠滅する気だろ)
街では風の噂として、悪い話と良い話が広まりつつあった。伝説の聖剣を持つ勇者が魔王軍幹部に返り討ちにあって行方不明になったらしい。それに代わって、騎士団の中にかの勇者を彷彿とさせる程、腕の立つ者が現れたと――。
後の勇者が使ったロングソードは、数々の偉業を成し遂げたとして、伝説の剣として言い伝えられる事になる。
そんな事を知らないガランは、今日も槌を振るっていた。
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