思い出のワンピース

Tomokazu

1

 さっきまで快晴だったのに、何やら雲行きが怪しくなってきたと思ったら、突然大雨になった。

 立花はがらりと店の戸を開けて、入口から外を見た。無数の大粒の雨がアスファルトの地面を容赦なく叩きつけながら、ざあざあと絶え間ない音を響かせている。

 立花はここで喫茶店を経営している。元々、立花の妻が古民家を改装してはじめた店だったが、彼女が亡くなったので、彼が早期退職して店を引き継いだ。以来、細々とではあるが常連客にも恵まれ、何とか今日までやってこれた。さっきも、10年来ひいきにしてくれている男性客が帰っていったところであった。雨が降り出したのは、彼が店を出てから、ほんの15分程度経ってからである。

(無事に帰れているといいが――)

 立花は客のことが少し心配になった。同時に、先ほどの彼との会話がぼんやりと思い出される。



「そろそろ、恵子ちゃんの命日じゃなかったっけ?」

 彼はコーヒーを飲んでいる時、立花にこう切り出した。恵子とは立花の妻の名前である。

「そうですね。実は今日なんですよ」

 と、立花は応えた。

「今日だったか……。早いものだね。もう5年にもなるのか」

 その男性客は言った。彼は立花の妻が店に立っていたの頃からの馴染みであった。この店に来だした頃は、地域の役所の職員をしていた彼だが、やがて定年を迎えても毎日のように店を訪れてくれていた。

「美人で気立ても良い、いい子だったなぁ――」

「私もそう思います」

 立花は短く言った。突然の病気でこの世を去ってしまった恵子。生きていてくれたら、どれほど良かっただろう。小さな町工場で無骨に働いてきた自分なんかより、恵子が店を続けていた方が、客も喜んでくれたに違いない。

「できることなら、もう一度会いたいものだが……」

 しみじみと客は言って、立花の方を見た。はっという顔になった。

「いやいや、失礼した。マスターを差しおいて、私なんかがこんなことを言うなんて」

 自分でも気づかないうちに、悲しい顔を浮かべていたらしい。畏まって謝る彼に、立花は情けなく、また申し訳ない心地がした。

「いえ、私も同じ思いです」

 と、立花は応えた。それからほどなくして、その男性客は帰っていった。男性を見送るため、外に出た時、街が薄暗くなっているのに気づいた。さっきまで晴れていたのに、妙な空模様だな――と思う。今の自分の悲しい心を反映しているようだった。しかし、そこから間もなくの豪雨は、そんな感慨さえ無慈悲に洗い流してしまうようである。

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