第7話 ミミックさんは人間を助けたい

 エネミー法 第22条

 エネミーは常に人間に寄り添いその手助けをするべし。


 多くの人は勘違いしているだろうけれど、僕らエネミーは人間の味方だったりする。

 僕らは戦闘を通じて人間が実戦に慣れるよう協力し、人間を鍛えあげ、倒されればその実力を認めた報酬として相応の金銭やアイテムを贈るのだ。


 それならばもっと手加減して、アイテムだって沢山あげればいいと思うかもしれないが、戦闘に関してエネミーが妥協することは許されてはいない。


 人間に倒されても、真核しんかくを失わなければ魔力を使って再生して形を成す僕らとは違い、人間は死んだら終わり。

 いきなり無謀な場所に突っ込み命を失う危険を少しでも減らすため、時に僕らは人間の脅威にならなくてはいけないのだ。


 異形の形をしているからか、人間は僕らを魔王の手先だと信じて疑わないけれど、魔王の放つ瘴気は僕らにとっても心地よい物ではないし、大地を汚染されれば住処を失うのは同じである。


 決定的に違うのは、エネミーは総じて魔王を倒す力は持っていないという事。

 魔王を倒せるのは人間だけなのである。

 だからエネミーは人間に力を貸すことにしたのだと、歴史の授業で学んだ。



 世界に魔王が突如現れて瘴気を振り撒き、人間を、エネミーを、魔王軍へと取り込んで大地を汚染し続けていた一昔前。


 困り果てたエネミーの長と人間の長が密約を結んで極秘に作られたのが、魔王城以外のダンジョンらしい。


 魔王城へと近づくたびに難易度が上がり、それらのダンジョンに段階的に魔王を倒すために必要となるであろう武具などを散りばめる事によって、人間の育成と魔王討伐を合理的に行えると考えたそうだ。


 つまりダンジョンは、配置決めから難易度調整まで人間とエネミーが練りに練って作り上げた物なのだけれど、その事は多くの人間には知られていない。


 理由は人間達が存分な実力を発揮できるようにという配慮だとか。


 そうしてダンジョンは開かれて、人間達は未知のダンジョンに挑戦して力をつける仕組みが始まったが、未だに最終ダンジョンの最深部までたどり着いたものはいない。


 密約を交わした人間達はすでに寿命を終え、口伝くでんされた人間が数人残って、レジェンドミミックと交信を持っているという噂もあるけれど、そんな事は新人の僕には全く関係のない話。

 ただただ、この世から魔王が居なくなる日を願って、今日も役割を全うしたいところだ。



「いいか新人。エネミーの中でも倒した宝箱から相応以上の宝がもらえるミミックは、人間にとって旨味のあるエネミーだ。それを担う仕事の一部始終はどんな小さな仕事もエネミー界を背負っていると思っていい。」

「はい。」

「でだ。早速だが、今日は擬態計画書を作成してみろ。」

「計画書!? いきなりですか!?」

「いきなりではないだろう。お前は昨日の調査で、近隣の実態を知ったのだ。 調査で上がった調査報告から事務ミミック達は擬態計画書を作成する。 ほら、用紙は特別に穴埋め式にしておいた。空欄を思うように埋めてみるといい。」


 渡された用紙は、確かに項目ごとに分かれていて記入しやすくなっていた。

 さらに僕の隣には資料として、直近の調査報告書の束や過去の擬態計画書が隣にドサッと積み上げられる。


「出来たら呼んでくれ」


 ミミックパイセンはそう言ってどこかへ行ってしまったので、僕は仕方なしに山積みの報告書と向き合った。


「僕は事務志望じゃないんだけどなぁ……」


 渡された書類の量にモヤモヤしてしまう気持ちを、ボソリと吐き出してから頭を振ってどこかへと飛ばす。


( どんな仕事だって大切な仕事って、今さっき言われたばかりじゃないか。ミミックパイセンが組み込んでくれたんだから、きっと僕の為になるはずだ! )


 気を取り直し、僕は過去の擬態計画書や別の場所での調査報告書とにらめっこしながら、丸一日かけてなんとか計画書を完成させた。



 ▢□□



「近隣の町で流行り病が発生しているため、その解決に尽力する。方法は……薬の配布。成程な。今後の計画は、薬の特定と入手。その後に擬態。初めてにしては上出来な計画書だな。」


 僕の書いた計画書を読んで深く頷いたミミックパイセンは、続けて「しかし…」と首を傾げた。


「具体性がないな。それに、これではキリがない。許可は出ないだろう。」

「具体性……キリ?」

「薬を配布するにしても、俺達に用意出来る量なんてたかが知れている。一度使えば全て回復するような万能薬を、住民分用意できるのならば、或いはそれでも良かったかもしれないが。」

「では、この件は解決不能という事ですか?」

「そう答えを急くな、そんな事は無い。この件は薬の入手が困難であることが問題。それは合っている。問題は、その原因にたどり着いていない事だ。お前は原因が薬の高騰としている。だから配ろうかと思ったんだな?」

「はい。皆さん高騰した薬を買うお金が無いようでしたので。」

「いいな。ではもう一声だ。何故、薬は高騰した?」


 それは確か、調査報告書の束の何処かに書いてあった。

 薬草畑に魔王軍が現れて薬草を駄目にしてしまったのだ。


「魔王軍が去った今も、薬草畑全体が瘴気に侵されて薬草が使えない状態なんですよね?」

「あぁ。分かっているではないか。つまり……?」

「つまり………? あ、つまり、瘴気を払えば良いという事ですか?」


 ミミックパイセンが「その通りだ」と大きく頷いたのを見て、僕は書類を書き直す。

 そうなれば必要な物は、薬ではなくて精霊石。

 魔王の瘴気を打ち消す事が出来る、特別な石だ。


「瘴気を払えば、人間達は再び薬草を育てることができる。価格高騰も徐々に収まり、病も沈静化するだろう。」

「根本の原因にたどり着くことが大切なんですね。」

「そうだ。エネミーの使命は人間の手助けであって、過剰な施しではない。人間とは簡単に欲に溺れるものであるから、その匙加減は難しいんだ。そういう事も考えて事務ミミック達は計画書を作る。現場のミミックにしてみれば回りくどく感じることもあるが、広い視野で物をとらえた時、目の前の迅速な救済が正しいとは限らない。」

「成程……」

「だからまぁ、お節介なミミックの中には、個人的に支援する奴もいるな。覚えがあるだろう?」

「……あはは。」

「それ自体は違法ではないが、やり過ぎて他の計画の邪魔をすると厳重注意されるから気をつけろ。お前は少し、あいつよりな所があるからな。」

「え!? ……それは心外なんですけど。」

「はっはっは。人間の役に立ちたいと思う気持ちが強いのは良い事だよ。」


 ミミックパイセンは豪快に笑って僕の肩を叩き、ミミック部長の所へと席を外した。

 暫くして帰ってきたミミックパイセンの手には、承認印の押された僕の計画書が握られていた。


「では次は収集。精霊石の入手だな。」

「でも、精霊石はこの辺りでは採れないのでは?」

「あぁ。だから今回は収集依頼書を提出する。普通は事務ミミック以外の収集は受け付けてはくれないが、今回は特別に許可を得た。精霊石は現状、アイテムトレードでなければ手に入れる事は不可能だからな。トレードは流石に専門職で経験できないが、見学は出来る。明日はその見学と、アイテムが入手出来るまでは少し戦闘訓練を付けてやろう。」

「戦闘!! ありがとうございますっ!」


 自分でも笑えるくらいに声が弾んでいる。

 なんならその場でピョンピョンと飛び跳ねてしまって、通りがかるミミックに好奇な目で見られているが、気にしない。

 戦闘訓練を、ミミックパイセンにつけてもらえるなんて、そんな贅沢な事があるだろうか。


 先日初めて見たミミックと人間の戦闘光景を思い出す。


 擬態もまだ完璧ではない僕には、華麗な戦闘なんて夢のまた夢だろうけれど、イメージトレーニングだけでもしておこうと、胸躍らせて家に帰った。


 その日僕は夢の中で、輝く剣を振りかざし煌びやかな鎧を纏った人間に、果敢に噛みつき上級魔法を唱える、宝を沢山詰め込んだ立派な宝箱に成っていたのだった。

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