第5話 ミミックさんとパイセン ②
【村民の噂話】
僕は今日、3つの課題の中から、これの取得を目標にする事にした。
休憩時間に講義の内容を復習をしたけれど、人間の、特に女性は暇が出来るとちょっとした木陰で井戸端会議なるものをするらしい。
テキストによればこの井戸端会議は噂話の宝庫。
ちょっとした木陰でそこに在る何かに擬態して、噂話をゲットしようとそういう事だ。
しかし村について早速問題が発生してしまった。
時刻は穏やかな昼下がり、村の一角では既に井戸端会議が始まっていたのだ。
事前にその場に収まっておくのは容易だが、人間が集っている場所に入り込むのは難しい。
物が増えることに、人間は敏感らしいのだ。
(昨日のうちに村の人間の行動を把握しておくんだった……)
と、後悔していても始まらない。
何か案は無いかと思考を巡らせる。
『あの、僕が何か物に擬態して、ミミックパイセンが人になってあの場所に僕を置いて来ると言うのはどうですか?』
『悪くは無い。大きな町で、2人以上ミミックが居るのなら有りだな。しかし、この村は人口がそう多くないから新顔は目立つ上に、井戸端会議する様なご婦人は何かと世話焼きだ。絡まれる危険と、井戸端会議自体が終了する危険がある。』
『な、成程……』
そういえば講義でも、人の良いご婦人に絡まれた場合の対処法が乗っていた。
何でも彼女たちは……
「あらぁ、何処から来たの? 困ってる事は無い? 遠慮なんか要らないのよ!!」
と、猫なで声で食い気味にやって来るらしい。
それから、何処からか取り出した食べものを分け与えて餌付けしようとしてくるご婦人もいるらしい。
家まで連れていかれて、すっかり油断したミミックが捕獲されたという事件もあるとか……
なんて恐ろしいんだ!!
怖いもの見たさな気持ちはあれど、ミミックパイセンにそんな危険を負わせるわけにはいかない。
聞いて良かった。
違う案を考えよう。
そう思いなおしてふと空を見上げた。
鳥が空高く飛んでいる。
止まり木でもあれば、鳥になっていくのもありだ。
しかし、井戸端会議の会場にあるのは可愛い草花くらい。
『あ、では、蝶になるのはどうですか?』
『蝶になってどうする?』
『飛んであの花に近づきます。でも、蝶が一つの花にずっと止まっているのは不自然なので、頃合いを見て草の中に潜り込み、花に擬態し咲いていようと思います。あの花なら昨日も擬態していましたし。』
『やってみるといい。』
『はい!』
今度は危険は少ないと判断された。
憧れの人に意見を認められると、どうしても嬉しくて体に力みなぎって来る。
絶対成功させるぞ!
と意気込んで、僕は蝶に擬態した。
この辺りではメジャーな丸っこい黄色い蝶になって、ひらひらと井戸端会議に近づく。
「……でね、その子の……」
良かった。
人間は僕に気づかずに話に夢中だ。
しかし、蝶の様に花から花へと飛びながら話を聞くのはやはり困難。
僕は早々に草の間に潜り込んだ。
「あれれ~?」
「あら、どうしたの?」
「今ね、そこに蝶が飛んでいたのに、消えちゃったの……おばさんたち見てない?」
(まずい……見つかった!?)
集まっていた人間とは違う、子どもの声が僕を探している。
「ふふっ、分かるわ。虫って時々消えるのよね。」
「そうなの~?」
「そう、ずっと目で追っているのに、見失うの。横を通ったと思った瞬間に消えてたり寝。不思議よね……。でも、そのうちまたフラッと現れるのよ。」
「そっかぁ……じゃぁおばちゃん、また居たら私の代わりに捕まえておいてね!」
「分かったわ。」
タッタッタ……と、子どもが走り去る。
ひと先ずは助かったみたいだ。
しかし、次に見つかったら集まっている人間達に捕まってしまうかもしれない。
( 帰りは蟻にでもなって帰ろう…… )
子どもも大人も大して気にしないだろう小さな虫になる事を決め、ひとまず僕はそこに咲く花に擬態した。
「で、なんだっけ?」
「あなたの家で預かっている、冒険者の女の子の話よ。お父様が何ですって?」
「あ、そうそう。気の毒にね、お父様が病気で臥せっているらしいの。」
「隣町から来たんでしょ?」
「そう。何でも隣町でその病が流行っているらしいのよ。」
「いやねぇ……こっちまで来ないと良いけど。でも、だったらこんな辺鄙な村じゃなくて、先隣の町へ行けばいいじゃない。大きな薬屋があるでしょ?」
「それが、薬が高騰していて、手が出ないらしいのよ。」
「それで冒険者に? それは可哀想ね。一緒にいた男の子も、なんだか頼りないみたいだし。」
「そうね……あまり稼ぎにはなっていないみたい。応援したいけど、私達も食べるのでいっぱいいっぱいだしね。」
「そうよねぇ……」
なるほど、町では流行り病があって、先隣の町は薬が高騰している。
どちらも管轄はうちの支部。
調査報告にあげてもおかしくない内容が手に入った。
ついでに、この村の人達は「食べるのでいっぱいいっぱい」という、経済状況に直結しそうな内容も聞くことが出来たし、一日の収穫としては十分だろう。
――― カンカンカン
その時丁度、村で時刻を告げる鐘が鳴り、井戸端会議が終了した。
解散した人間達が家々へと帰っていくのを見送って、誰もいなくなったのを確認した僕は、鳥になって村からさっさと抜け出した。
□□□
職場に戻り、すぐに報告書をまとめる。
ミミックパイセンは部長に話があると席を外してしまったため、一人で少し物思いにふけった。
( やっぱりミミックパイセンは凄いな…… )
今日一日ずっと側にいてくれたミミックパイセンは、多くは語らなかった。
けれど、困った時には的確にアドバイスをくれたし、とても頼りになった。
何より凄かったのは、調査の時に見せてくれた擬態能力だ。
僕が何とか情報を得ようと必死になっている中、全く存在感を出さなかったのに、けれどその場に確実にいて僕を見ていてくれたらしい。
隣で同じく花に擬態していたというミミックパイセンの存在に、僕は全く気づいていなかった。
最後に鳥になって飛んだ時、いつの間にか横に並走していて、「このまま帰るか」と言われた時は本当に驚いた。
その時僕は、これからミミックパイセンを探そうとしていたのだから。
擬態するという事は、その場に溶け込むという事。
その存在を、当たり前とすること。
僕なんかが評価基準では失礼かもしれないが、同族でも気づかない程のミミックパイセンの擬態は、まさに神がかっていた。
「報告書は書けたのか? 新人。」
「あ、はい。書けました。」
いつの間にか、ミミックパイセンが帰って来て僕の手元を覗いていた。
「では、今日はこれで終了だ。帰っていい。」
「え、でも終業までまだ時間が……」
「今日は早めに休む。それがお前の仕事だ。」
そう言って、ミミックパイセンは一枚の用紙を差し出して来る。
「部長と掛け合って、明日からの仕事内容を変更した。明日から少し忙しくなる。」
「えっと……え!?」
調査・収集・擬態……戦闘訓練に各種書類の作成まで。
スケジュール表に書いてある内容は、新人ミミックが到底成せるようなものではない、ミミック業務の全てだった。
「俺が見られる間に、お前に全ての業務を経験させてやる事にした。」
「は、え? ちょ……?」
「ミミック界の業務は分業されているが、どの道を究めるとしても経験して損な事は何も一つ無い。一人前になる為の、卒業試験とでも思って望むと良い。」
「一人前……」
(そうか、もうすぐ研修が終わるって事か……)
「分かりました! 全力で臨みます。」
「良い返事だ。では、本日は帰って休むように。」
「はい。」
研修で全ての業務を経験させてもらえるとは思わなかったけれど、一通り経験して、適性を測るのかもしれない。
卒業試験。
少し重い響きだけれど、ミミックパイセンに合格を貰えたら、僕は自信をもってミミック界で生きていける気がする。
(そのためにも、頑張ろう!)
僕はワクワク胸を躍らせ、軽い足取りで帰路に着いたのだった。
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