第3話 ミミックさん村へ行く

「ひとつ、声を出す事禁止。

 ひとつ、動く事禁止。

 人間に見つかったならば討伐されると知りモノに成り切る事。」


 擬態の心得を何度も唱え、僕はそれを心に刻む。


 今日はいよいよ、初めての調査訓練なのだ。

 

 僕は生まれて初めて人の住む村の中へ、人間の居住区へ足を踏み入れる。

 大きな不安はあるが、ワクワク感の方が少しだけ大きい。


「昨日ちゃんと石になれていた。今日もそう長い時間村に居るつもりはねぇから、そう心配しなくて大丈夫だ。だが、お前はすぐ擬態している事を忘れて動くからなぁ……」

「気を付けます。」

「おう、頼むぞ新人。お前のヘマで俺まで道連れなんてことにならんようにな。感づかれたら、一人で行ってくれ!」

「えー、助けてくれないんですか?」

「状況次第ではな。だから、気張れよ。」

「はい。」

「んじゃ、調査訓練でのお前の課題だ。出発前に頭に入れておけ。」


 ミミック先輩から指示書を渡される。

 目を通すと、そこには研修中の僕が調査する内容が書かれているようだった。


 ・村の流行り物

 ・村民の噂話

 ・村の経済状況


 課題はこの三つ。

 かなり大変そうだ。


「これ全部って……相当運がよく無いと集まらない気がしますけど。」

「まぁな。だが、別に期限があるわけじゃねぇからよ。少しずつ慣れながら、自分で色々考えてやってみたらいい。ま、何にしても、擬態が上手くいかねぇと話になんねぇけどな。」

「う゛……。」


 痛いところを突いてくる。

 ミミックなのだからそりゃそうだ。

 何にしても、まずは擬態だよなぁ……。


(よし、今日はとにかく村で擬態を維持する事に集中しよう……)



 □□□



「なぁ、あそこの嬢ちゃん、滅茶苦茶美人じゃねぇか?」


 始まりの村にある一軒の家。

 その庭に咲く雑草に擬態して長閑な村の様子を見学していると、ミミック先輩が近寄って来た女性に声を弾ませた。


 真っすぐに伸びた絹の様な赤髪、茶褐色の肌。

 すらっとした体型には似つかわしくないほど立派な……。


「あのメロンを覆う肌着にでもなりたいぜ。」


 アホな事を言っているミミック先輩は無視して、僕はその女性を見つめた。

 理由はもちろんメロンじゃない。

 何処かで会ったことがある気がしたからだ。


(どこで見たんだっけ……)


 とはいえ、僕が見たことのある人間なんてダンジョンで出くわした冒険者くらいなものだから、その答えはすぐ見つかった。

 昨日、ダンジョンミミックから逃げ出していた冒険者Bだ。


「あの人、昨日の人ですよミミック先輩……って、ミミック先輩!?」


 今の今までそこに居たはずなのに、ミミック先輩の姿が見当たらない。

 しかも、いつの間にか冒険者Bが庭にいて、花を摘んでいるではないか。


 慌てて声を殺し、とにかくキョロキョロと辺りを見回すもミミック先輩の姿は何処にもない。


『風も無いのに花がブンブン揺れるんじゃねぇぞ、新人。』


 言葉とは違う方法で、ミミック先輩の声が聞こえた。

 エネミーが同族に送れるテレパシーのようなもので、ミミック界では擬態している者との通信に使用されるものだ。


 ただ、僕はまだうまく使いこなせずに、通信中でもうっかり言葉を喋ってしまったりもするから、緊急時以外は使わない事に決めていた。


 つまり今は緊急事態。

 そう認識してしまうと、余計に焦りが身体に回って頭がショートしてしまいそうだった。


『ミミック先輩! どこですか!?』

『だから、揺れるな。騒ぐな。お嬢さんがお前を不審に思っているだろう。』


 ハッと我に返って顔を上げると、僕を覗き込む冒険者Bの大きな目がそこに在った。


(ひぃ………)


 ひとつ、声を出す事禁止。

 ひとつ、動く事禁止。

 人間に見つかったならば討伐されると知り、物に成り切る事。


 擬態の心得を、とにかく心の中で唱えまくる。


(僕は花……僕は花……僕は……可憐な一輪の花)


 自分に言い聞かせてジッとこらえるが、冷や汗が止まらない。

 落ち着かないと擬態が解けてしまいそうで、とにかく雑草の花に成り切ることに集中した。


「何か叫び声が聞こえた気がしたけれど……隙間風だったのかしら…?」


 冒険者Bはそう言い残して、かがんでいた身体を起こした。

 絶体絶命の危機は去ったらしい。


『……で? ミミック先輩はどちらに居るんですか?』

『お前、まだ見えねぇのか? 嬢ちゃんの手元を見て見ろ。』


 冒険者Bの手元。

 そこには庭から摘まれたらしい草花が花束となって収まっている。

 その中に、確かにミミック先輩が居た。


『って事で新人、俺はこれからお嬢さんのお宅にお邪魔してくるからよ、お前は適当に情報収集したら職場へ帰ってくれ。』

『え!? 僕一人ですか?』

『おう、気をつけて帰れよー』


 用を終えた冒険者Bがそそくさとその場を立ち去って行ったので、ミミック先輩とのテレパシーも強制終了してしまった。


(え、僕………初めて町に来たのに? 一人で帰るの? ここから?)


 まだ擬態も完ぺきではないのに?

 今しがた、人間に不信に思われたばかりなのに?


(ミミック先輩のばかぁぁぁぁああ!!)


 僕はとにかく叫んだ。

 声に出さないで、ちゃんと心の中だけで叫べたのは、本当に偉かったと思う。

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