51.賢者様、仮面の男に逆ギレされるも、タオル魔法でさくっとやっつける

「くそぉ、何もかも邪魔しやがって! 貴様の、貴様のせいだぁああ!」


 せっかく最小限の犠牲で事なきを得たというのに、変質者は苦し紛れというべきか、私達に対して激昂する。

 こっちは感謝されたいぐらいなのに、なんて奴だ。


「この禁断の魔道具でぇええ! ふぐがぁああ!」


 彼は自分の腕に針のようなものを突き刺す。

 わぁびっくり、頭がますますアレになっちゃったかと思ったよ。

 あわわ、大丈夫、お気を確かに!?

 そう思ったが、さにあらず。


 次の瞬間、彼の体は数倍に膨れ上がったのだ。

 おそらくはあの魔道具の影響だと思うけど、原理は呪いのたぐいだろう。

 張り裂けた体にはおかしな模様が浮かび上がっているし。


 それにしても、彼のつけている仮面はそのままだった。

 信じられないほどの粘着力である。


「これこそ失われし古代魔法帝国の禁呪! 魔筋の鍼デモンズスティング! この姿を見たものはすべて消え去るのみっ!」


 彼はふっとい腕でこちらめがけて殴りつけてくる。

 そのスピードも伊達ではなく、彼が言っていることも嘘ではないのだろう。


「お師匠様っ!?」


 ライカは相手の剛腕に恐れをなしたのか、悲鳴のような声を上げる。

 確かに、これをまともに食らうとやばいかもしれない。


 とは言え、私は身のこなしには自信があるのだ。

 ひょいひょいっと避けて、さくっとやっつけちゃおう。


「甘いわぁああ!」


 しかし、油断大敵。

 私が着地した瞬間を狙ってジャストミートの右ストレートが放たれる。

 目前に迫る、怒涛の巨大な拳。

 食らえば骨が砕け、壁にたたきつけられて命を落とす。


 しかし、奴の拳はむなしく空を切るのだった。


「なぁっぁああああんだこれはぁああああ!? この緑色のものは!?」


 その拳の先には緑色のタオルがからみついていた。

 そう、私の髪の色、そっくりの緑色のタオルが。


「残念、それは偽物だよ」


「なぁっ!?」


 私はとっさに緑色のタオルを身代わりにしていたのだ。

 これこそ、幻影魔法【白猫と白タオル】である。


 実家のおばあちゃんの使い魔の中には美しい白猫がいる。


 この猫、床の上にだらーっと伸びているのが常なのだが、おばあちゃんがベッドなどに置いた白タオルとしょっちゅう間違うのだ。


 というか、白タオルを見たら、もはや白猫に見えてしまうほどである。

 この魔法はそんな驚きから開発された、回避魔法なのである。


「す、すごいですっ! 私もわかりませんでしたっ!」


 優れた動体視力をもつライカでさえ目で追うのが困難な変わり身魔法。

 いわんや、呪いで体を大きくした程度のおっさんでは話にならない。


「じゃ、そういうわけで」


 私は彼の首筋に身体強化した手刀を一発入れる。

 哀れなおじさんは「ぐぅ」と声をあげると、動かなくなるのだった。

 まぁ、仮面がくっついたままなので本当はどうなってるか分からなかったけど。


 そんなこんなで彼は三人目の変質者の捕縛となるのだった。


「お師匠様、すごいです、今の! 私も絶対に使えるようになりますよぉっ! ドーナツと変わり身します!」


 ライカは変わり身魔法に大層感心して、目に炎をともしていた。

 確かに彼女の戦闘スタイルとよく合っている気がする。


 それにしてもドーナツかぁ、色合いは確かにあってるかも。




「ありがとう、ありがとうございましたぁああ! 怖かったですぅううう!」


 リス獣人の女の子はよっぽど怖かったのか、ライカに抱き着いて震えていた。

 そりゃそうだよね、いけにえにされそうだったんだもの。


「それにしても、すごいですねっ! お二人とも獣人なのに魔法が使えるなんて! あなたは、まるで、新緑の賢者様みたいです! もしかして、賢者様の妹さんですか!?」

 

 リス獣人の女の子はめちゃくちゃ大興奮である。

 うわちゃあ、どうしよう。

 身分を偽装している手前、あれこれ話したいわけじゃないんだよなぁ。

 この子は悪い子じゃないってわかってるけど。


「ふふん、お師匠様は凄い獣人なんですよっ! わけあって身分は明かせないんですけど、今は偽装していて、とにかく魔法の使える凄い人で、私はその一番弟子なんです!」


 私がどう答えようか迷っていると、ライカが横から入ってくる。

 しかも、である。

 獣人で魔法が使えて身分を偽装してるだなんて、ほとんど事情を言っちゃってるじゃんよぉ、それ!?


「み、身分を明かせないんですか……!? わ、わかりました! 事情があるんですねっ!」


「そうです、お師匠先輩にはすごい事情があるんです!」


「これ以上、詮索いたしません! すみません!」


 しかし、どういうわけか、ライカの言葉がすとぉんと決まり、リス獣人の女の子は納得してくれたようだ。

 いいのかそれで。


 私はとりあえず、三人の冒険者が三人の変質者を捕まえたというストーリーを考え、その記憶を彼女たちに植え付ける。

 ご存じ、【午後3時のまどろみ(ドリームオンドリーム)】の魔法である。


「へぇえええ、すごい魔法ですねぇええ! 初めて見ました!」


 リス獣人の女の子、名前はソロ、は感心したように声をあげる。

 あんたは一度、この魔法を味わってるんだけどね。



「変質者を捕まえたぜっ!」


「手ごわい相手だったな」


「それじゃ街に戻りましょう。新人の皆さんもお手柄でしたね!」


 冒険者のお姉さま方は何事もなかったかのように男三人を連れて、意気揚々と冒険者ギルドに戻っていくのだった。

 男三人は未だに気絶していたので、私が夢遊病魔法で歩かせたのは言うまでもない。


 私たちは「変質者がいて、襲われかけた」とだけギルドに申告。

 厄介ごとは嫌だから、それ以上の報告はしないのだった。


 まぁ、どう考えても、変質者が古代魔法で遊んでて冒険者を襲ったってことだと思うけど。

 魔法陣については掻き消えちゃったし、今さら確認のしようがないからね。

 よぉし、被害者もでなかったし、一件落着!


 ……あれ?


 一人だけ被害者が出たような気がするけど、気のせいだよね!

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