50.賢者様、大臣の部屋を破壊しようとする変質者を必死で止めようとするも、あわわわ

「くははは、終わりだ! 何もかも終わりにしてやるぅうう!」


 あの変質者の男を追いかけると、そこは例の部屋だった。

 そう、古代遺跡の魔法陣が書かれている場所である。


「俺の人生の集大成が、くそぉおおお、悪党どもがぁあああ!」

 

 男はその中央に立って女の子を抱え、狂気に満ちた声をあげていた。

 ありゃりゃ、追い込まれ過ぎて正気を失っちゃったのかな。

 わけわかんないことを言ってるよ。


 それに、まずいんだよ、その魔法陣は。

 もしも、あいつが魔力を送り込んだら、この魔法陣が発動しちゃうわけで。


 発動したら何が起こるかって!?


 吹っ飛ぶんだよ、大臣の部屋が!

 ちょっと小気味いいけど、後味悪いでしょ。 

  

「ちょぉっと待った! 早まっちゃダメだよ! いったん、そこから降りようか? 危ないよ? 大人しく自首した方が身のためだよ?」


 この変質者が魔法陣を発動させたらえらいことになる。

 大臣の寝室が吹っ飛ぶのはいいとしても、リス獣人の女の子の命はまず助からないだろう。

 せっかく助けたのに、そんなことにはしちゃいけない。


「何が自首だ! ふざけるなぁああああ!」


 男は追い詰められた声色で叫ぶ。

 途中途中が裏返っている声で、下手に刺激するのはよくないと私の直感が告げている。


「おっと動くなよっ! この魔法陣には俺の魔力が込められている! 変な真似をしたら、このガキをいけにえにして、すぐさま発動させてやる!」


「ひぃっ!? いけにえ!? 絶対、嫌ですぅうう!」


 半狂乱の変質者に抱えられ、泣き叫ぶ女の子。

 そりゃそうだ、誰であっても魔法陣のいけにえなんかになりたくはない。

 

 しかし、奴の言うとおり、魔法陣は青白く光り始め、作動し始めているのは確かだ。

 張りつめた空気が流れる。


 彼はどうしてそこまでするんだろうか。

 虎の子のモンスターはやられ、仲間たちも捕まったというのに。

 尋常ではない怒りにとりつかれているかのように見える。


「君はそれが何かってわかってるのかい?」


「ふははは、聞いて驚くがいい! これはワイへ王国を滅ぼす絶界魔法陣なのだ! 俺が発動を命じれば、ワイへは終わる!」


 あ、やっぱり分かってない。


 足元の魔法陣をちゃんと読んでみれば分かると思うけど、標的は大臣の寝室なのである。

 この人、錯乱してるみたいだし、今さら読む気もなさそうだ。

 私が親切に指摘しても、聞く耳を持ってくれそうにもないし。


「その子を放しなさい! 反省してないんなら、シャイニング柴犬ドリルでお腹に穴を開けますよっ!」


 たじろぐ私とは対照的に、ライカは無茶苦茶好戦的である。

 リアルで穴が開きそうだから、めったなことは言うもんじゃない。


 こうなったら隙をついて魔法で拘束しよう。

 私はこっそりと魔法を詠唱し、尻尾を伸ばし始める。


 いつぞやのスライムを倒した【死の尻尾鞭(デスもふテイル)】の魔法だ。

 あの人が死なないように細心の注意を払わなければ。


「もう遅い! すべてを失った俺の恨みを思い知れぇええ! 魔法陣よ、この娘を代償として…」


 しかし、追い詰められた男ほど恐ろしいものはいない。

 奴は魔法陣の上に手を置いて、いけにえの儀式を始めようとするではないか。


 魔法陣から無数の青い手が浮かび上がり、女の子に絡みつく。


「うっそぉおおお!? 私はいけにえにしても美味しくないですよぉおおお!? 小さいし可食部分が少ないですぅううう!」


 女の子は悲鳴を上げながら、青い手によって空中に浮かびはじめる。

 このままじゃ、彼女の命は奪われてしまう。


 彼をぶっ飛ばしても儀式が中断されない可能性が高い。

 もっと魔力の高い何かを捧げものにしない限り。


「ひ、ひえぇええ、私、魔力ゼロですよぉお? 魔法学校の保証書だってあります!」


 ライカはこんな時に限って自分は魔力ゼロであることを宣言する。

 そもそも、あんた、さっきまで魔法使ってたでしょうが。

 それに、弟子をいけにえにするわけないじゃないの。

 私を一体、誰だと思ってるんだ。


 もはや一刻の猶予もない。

 男は狂ったように笑い、魔法陣は怪しく輝き始める。

 

 あの子より魔力のあふれているものを供物に差し出せばいいのだが、私の今日の装備は「ぬののふく」に「ひのきのぼう」だ。

 Fランクにふさわしい武器と防具しか持ってこなかったことが本当に悔やまれるよ。

 

 こうなりゃ空間浸食魔法【シュレディンガーさんちの猫】を発動して、魔法陣ごと、いや、ダンジョンごと消失させるしかない。


 うん、しょうがない!

 今、やらなきゃいつやるのさ!?


「えぇええ、そんなの困りますよぉおお! 何か持ってきてないんですか!? ほら、あの長い毛のむくむくの中とか」


 大規模破壊魔法でダンジョンごと消し飛ばすと伝えると、涙目のライカである。


 そんな簡単に魔力にあふれたものなんて持ってないよ。

 他に持っているのは、さっきこの部屋で収穫した魔道具ぐらいだし……。

 あれにはたいして魔力が込められているわけじゃないからなぁ。


 ん?


 長い毛のむくむくの中?


「そうだっ! あれがあったよ!」


 この時、私の脳裏に素晴らしいアイデアがひらめく。

 

「魔法陣よ、この魔法爆弾を代償として、その威力を発揮せよっ!」


 私はマジックインベントリを発動させると、魔法爆弾を取り出す。

 これは大量の魔力を含んでおり、発動させたら非常に危険な代物。

 逆に言えば、お供え物としては女の子なんかよりはるかに優秀なはず。


「なっ、なんだとぉおお!? なぜお前がそれを!? やめろぉおおお!」


 変質者の男は大声をあげるも、私の手元から爆弾がふっと消える。

 つまりは契約成立ということだ。



 ゴゴゴゴゴゴゴ!!


 魔法陣は青白く輝き始め、猛烈な音をたてて術式を放出したのだった。

 

 ごめんね、大臣!

 でも、あなたの貴重な犠牲のおかげで女の子が救われたんだからいいよね。

 

 まぁ、真っ昼間から寝室にいるはずなんてないし、部屋の一部が消し飛ぶだけだし!

 大丈夫、ドンマイ! 

 いつかいいことあるよ!

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