9.ライカの決意:劣等犬のライカが賢者様に弟子入りをするまで

「おばあ様、どうして私たちは魔法を使えないの?」


 私は柴犬人、名前はライカ。


 剣に生きる一族に生まれ、幼い頃から研鑽を続けてきた。


 子供のころ、私は一族の代表でもある祖母に冒頭のように尋ねたことがある。


 それは素朴な疑問だった。

 世の中に魔法というものがある。

 とても便利なもので人々の生活を快適に変えている。


 それなのに、私たち獣人だけが使えないのだ。

 

 これはどう考えてもおかしい。

 子供心にそう思ったのだ。


「私たちは力が十分に強いだろ? だから、魔法なんて使えなくていいんだ。……わかったね?」


 おばあ様はいつだって優しい人物だ。

 私のお願いは何だって聞いてくれるし、何だって叶えてくれる。

 だけど、魔法が使えるようになるとは言ってくれなかった。


 おばあ様の返事の裏に、「この質問はもうおしまい」という気持ちを見ぬいてしまった私は、もう二度とそんな質問をすることはなかった。



 子供のころ、私は沢山の魔法物語に憧れた。

 いつだって私の心を惹きつけるのは色とりどりの魔法だった。

 大地を割り、天から雨を降らせ、悪を倒し、人々を救う魔法使いだった。


 でも、剣を振るう日々の中で、幼いころの憧れは押しつぶされていった。



 ある日、信じられない話を聞いた。

 

 獣人でも魔法を使う人物がいるという噂話だ。


 種族は猫人。

 笑顔が素敵なアンジェリカという名前の女性だとのこと。


 その知らせには心が躍った。

 いや、実際に飛び上がって喜んだ。

 くるくる回って踊ってしまったし、雄たけびさえもあげてしまった。


 だって、これはものすごいことなのだ。

 すっごいことなのだ。


 獣人は魔法が使えない、そう言われているのに!


 使える人がいたんだ!


 すっごく、すっごく、ものすっごく驚いた。


 しかも彼女は様々な魔法を使い、西の魔王を封印してしまったとのこと。

 プチファイアが使えるとか、そんな子供だましの魔法じゃない。

 まさしく、達人とも言える人物だった。


「ひょっとしたら、私でも……!!」


 その話を聞いた私は居ても立っても居られなくなった。

 魔法を学んでみたくなった。

 私なら魔法が使えるようになるんじゃないかって根拠のない自信さえ芽生え始めた。



「おばあ様、私、魔法学院に入りたいです!」


 私は十四歳になったのを契機に、魔法学院に入学することを決意する。

 人間族のエルフ族の子弟は大都市にある魔法学院に入学して魔法を学ぶと聞いたからだ。


「ぐぅむ、ライカ、あんたは一族を代表する達人になれるんだよ? ……本気かい?」


「本気です! 私もアンジェリカ様みたいになりたいんです!」


「……ぐぅ」

 

 おばあ様はいつだって私の味方をしてくれる。

 最初は渋っていたけれど、私の熱烈アピールに根負けをして応援してくれることになった。


「やったぁあああ! おばあ様、大好きですっ!」


 私は浮かれていた。

 魔法学院に入りさえすれば、魔法が使えるようになると思い込んでいたから。

 

 剣の道のように、魔法の道も努力すれば何とでもなるって思っていたから。



 ……だけど、現実は違った。


 魔法学院に入った私を待っていたのは、嘲りと罵りの毎日だった。

 

 私は魔法の才能が一切なかったのだ。

 

 魔力の鑑定はゼロ。

 一切の魔力を持たない能無しとさえ言われた。


 魔法を学ぶクラスでは、他の生徒どころか先生からも相手をされず空気扱いされていた。


 図書館で座学を学ぼうと思っても、獣人だという理由だけで本の貸し出し拒否に出会う。


 そう、魔法の仕えない獣人は「劣等種」だったからだ。


 私は幼いころから獣人族に囲まれて育った。

 だから、自分たちが劣等種って呼ばれていることに気付かなかったし、獣人であることに負い目を感じていなかった。


 今思えば、おばあ様をはじめとして、家族の皆が私を守ってくれたのだろう。

 世の中の醜い部分に気づかないようにって。

 だけど、その愛情が届かない魔法学院では、盛大に社会の洗礼を受けることになる。


 何をやっても、ご飯を食べても、劣等種、劣等種と陰口をたたかれ続けた。


 いつの間にか私は「劣等犬」だなんて、不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた。



 友達もおらず、皆からバカにされてすごす日々。

 私は歯を食いしばって、一年近く、魔法学院に通い続けた。


 悔しかった。


 泣きたかった。


 何より、私を応援してくれた家族に申し訳なかった。


 だから、耐えた。

 少しでも魔力をものにできるように、必死に授業に食らいついた。


 だけど、それはただの悪あがきだった。



 ある日の朝、私は起き上がることができなくなっていた。

 

 起き上がろうとすれば吐き気がこみ上げて、まともに歩くことができないのだ。


 私の知らない間に、私の体と心はズタボロになっていた。

 

 とっくに限界を迎えていたのだ。


 そして、私は魔法学院を退学することになる。


 空っぽになった私はもう涙も出なかった。



「ライカ、今日はいい天気よ、お散歩してみない?」


「……今日はいいや」


 家に帰っても私の心はしばらく止まったままだった。

 誰に誘われても、外に出ることができなかった。


 私は何のために生まれてきたんだろう。

 大好きなおばあ様に迷惑をかけて、一族の名前に泥を塗って何がしたいんだろう。


 私はゼロ。

 才能も価値も、何もない。


 そんなことばかり考えていた。


 私が魔法に憧れなければ。


 私が自分の分をわきまえていれば。


 私が獣人に生まれなければ。


 私がわがままを言わなければ……。



 自分を責める言葉はどんどん浮かんできて、私の心を切り刻んだ。

 

 明るくて朗らかで素直な心を持ったライカという少女はいなくなっていた。

 自分のことも家族のことも大好きな無垢な少女はいなくなっていた。


 悲しくて、辛くて、ご飯もほどほどにしか喉を通らなかった。




「ライカ、お前に会わせたい人がいるんだ」


 そんな抜け殻のような日々を送っていたある日、おばあ様が私のところにやってきた。

 私がふさぎ込んでいるので心配してくれたのだろうか。


「会わせたい人?」


「そうさ、びっくりするよ」


 おばあ様は私を心配して面白い人にでも会わせてあげようと思っているのだろう。

 その心遣いはとても嬉しい。


 誰かの笑い話や冒険譚を聞けば、一瞬だけでも心は軽くなる。

 それは分かっている。

 だけど、その後にものすごく私は私を責めてしまうのだ。

 私に笑顔になる資格なんてないんだって。


「……いい、大丈夫」


 だから、私はおばあ様の提案を拒絶した。

 私はもう何をやってもダメだって思えてしまうのだ。


「甘ったれるな!」


 それは今までに聞いたこともないような、低い声だった。


「ひ、ひぃっ!?」


「いいかい、お前も剣聖の一族なら、決めたことを簡単にあきらめるんじゃないよ!


 私のことを慰めてくれると思っていたら、おばあ様はずしりと重い言葉で私を叱る。

 ひょっとしたら、おばあ様に叱られたのは生まれた初めてだったかもしれない。


「お前は私の孫娘だ。何にでもなれる。世界の誰が信じなくても、私が信じてやる」


「おばあ様ぁ……」


「お前には不可能なことなんかない、そうだろ?」


 おばあ様の言葉は、どこかで聞いたことのあるものだった。

 そう、剣聖語録その6「私の剣に不可能はない、とりあえず殺(や)る?」である。


 何べんも何べんも聞いたことのある言葉だったけれど、今の私の心には強く響く。


 不可能なんかない。

 あるとしたら、それは自分が限界を設けた時なのだ。

 おばあ様はきっとそう言いたかったのだろう。


「アンジェリカの居場所だ。この子に弟子入りして、どうしてもダメなら戻っておいで」


 おばあ様は私にあの賢者様の居場所を教えてくれた。

 さらには弟子入りするための推薦状まで。


 実をいうと、おばあ様は賢者様とは見知った仲なのだそうだ。


「ひぐ、ひぐっ、うわぁあああ」


 私の口からは言葉にならない嗚咽が漏れ出てくる。

 学院で受けた色んなことがボロボロと崩れ落ちていくのを感じる。


「おばあ様、おばあ様、ありがとぉおおっ!」


 私は抱き着いた。


 私の大好きな、大好きなおばあ様に。

 世界で一番強くて優しい、私のおばあ様に。


 そして、私は一世一代の大勝負をすることになる。


 賢者様に何としてでも弟子入りするのだ!

 絶対に、石にかじりついてでも!

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