8.ジャーク大臣の野望と没落:邪魔者は追い出したので、ついに国盗り物語が本格スタートします!?

「ついにあの邪魔者を追放してやりましたね!」


「お見事でしたよ、大臣様!」


 ここはランナー王国。

 アンジェリカがつい先日まで宮廷魔術師をしていた国である。

 王宮の一室では、ジャーク大臣とその取り巻き達、レイモンドとカヤックが品のない笑い声をあげていた。


「当然ですよ。あの獣人はうろちょろして目障りでしたからね。そもそも、劣等種に宮廷魔術師など務まるはずがないのですよ」


 大臣は取り巻きたちの言葉に気分を良くして、ふふんと鼻を鳴らす。

 普段は表情一つ変えない彼であるが、アンジェリカの解雇はよほど喜ばしいことのようだ。

 

「国王は予定通りいなくなりましたし、これでこの国は大臣様のものです。何もかも予定通りですな!」


 取り巻きの一人はさらに小ズルい顔をして、そんなことを言う。

 その表情は秘密を共有するもの同士のいやらしさに溢れていた。


「あの平和ボケした国王がいなくなり、劣等種もいなくなり、全ては順調ですな!」


 大臣は取り巻きの言葉に深くうなずく。

 そう、彼らはこのランナー王国を手に入れるための陰謀を張り巡らせていたのだ。

 

「ふふふ、後は隣国、ワイへ王国を攻め落とすだけです!」


「さすがは大臣様!」


「私たちの誇りです!」


 大臣は目の奥をらんらんと輝かせて、とりまきの賛辞にこたえる。

 取り巻きたちは大臣の機嫌を伺い、さらにおべんちゃらに終始する。


 みっともない男たちのなれ合いが繰り広げられるのだった。



 しかし、その空気を破壊するものが現れる。



「だ、大臣様! 街道にモンスターが出始めましたぁっ!」


 美味い食事を平らげて、気持ちよくワインを傾けていた時のことだ。

 部下の一人が駆けこんできたのだ。


「な、なんですか、みっともない! モンスターごとき、どうして退治できないのです!」


 大臣はルールとマナーに厳格な男である。

 ノックもせずに入ってきた部下を叱責する。


「も、申し訳ございません! で、ですが、非常に強いモンスターです。冒険者はおろか、宮廷魔術師の若手三人衆も歯が立たず逃げ帰ってきました!」


「な、なんですって!?」


 部下の報告によると、宮廷魔術師の三人組が討伐に向かうも返り討ちにあったとのこと。

 命に別状はないというが、評判を落としたことは間違いなかった。


「ええい、あの者どもも末席とはいえ宮廷魔術師の端くれ。名前を汚すようなことをするなんて許せませんね……」


 大臣はぎりぎりと歯噛みをする。

 彼自身、宮廷魔術師から大臣へと成り上がった男である。

 無能な部下にいらだちを隠せないのだった。


 もっとも彼は知らない。

 ここ一年間、宮廷魔術師の多くは実戦に出ていないということを。

 ほとんどのモンスター討伐はアンジェリカが何気なく終わらせてしまっていたのだ。


 彼らの悲劇はアンジェリカがどんな魔物を打ち倒しても、それをインチキと見て顧みなかったことにあるのだった。


「魔法兵団を出して数で抑え込みなさい!」


 大臣はふぅっと息を吐いて怒りを鎮める。

 それから比較的冷静な策を命令するのだった。


 この大臣、アンジェリカなど獣人への差別感情は別にして、ただの愚か者ではない。

 必ず勝てる戦いをする、狡猾な男だったのだ。



「さて、レイモンドさん、カヤックさん、いよいよ、計画を実行に移すときです」


 ひと悶着が過ぎると、大臣は取り巻きの二人に再び向き直る。


 一人の男の名前はレイモンド。

 人呼んで、漆黒のレイモンド、という人物である。


 長く伸びた黒い長髪に切れ長の黒い瞳。

 肌も浅黒く、おそらくは下着も黒い、吐く息さえも黒そうな男だ。

 眼光は鋭く、それは彼の扱う魔法の種類にもよっているのだろう。


「ははっ、このレイモンドにお任せください。必ずや、ワイヘ王国を混乱の渦におとしいれて見せます」


 彼は跪きながら、にやりと邪悪な笑みを浮かべる。

 宮廷魔術師でありながら、裏の仕事ばかりを好んで担当している男である。

 呪いや錬金術にたけ、怪しげな魔道具をつくることで知られていた。



「いやいや、このカヤックにお任せください!」


 そして、もう一人の男がカヤック。

 腹のつきだした大柄な男である。

 魔力によってモンスターを操る魔獣使いであり、彼もまた大臣直属で裏の仕事を行う邪悪な男であった。

 

 この二人の男は宮廷魔術師の出世競争で競い合う仲であり、二人ともに今回の仕事も任せてほしいと志願する。

 


「大臣様、流通は国の血液です! このカヤックがワイヘ王都までの街道をずたずたに引き裂いてご覧に入れます! つきましては、先日手に入れた魔獣と魔道具をお貸しください!」


 そんな中、カヤックは一歩前に出て、自分の策をアピールする。

 それは隣国の街道をモンスターで襲わせるという極悪極まりないものだった。


 彼は狙いは手柄だけではない。

 大臣が手に入れた魔獣を実戦で使ってみたいと考えていたのだ。

 その魔獣は強力なものばかりで、並の冒険者では歯が立たないレベルのものである。


 順当に行けば、ワイへ王国に大きな打撃を与えることができるだろう。



「くふふ、それではカヤックさん、頼みましたよ」


 大臣は満足そうな笑みを浮かべて、カヤックを選ぶことにした。

 まずは経済的な打撃によってワイへ王国を揺さぶるのが得策であると考えたからである。


 先を越されたレイモンドは軽く舌打ちをする。

 


 こうして邪悪な大臣たちの隣国侵略の陰謀が始まるのだった。


 しかし、彼らは知らない。


 その隣国、ワイヘ王国に彼らが追放したアンジェリカが向かいつつあることを。

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