37.賢者様、スライムが合体しやがったので大喜びで、大人げなく本気出す

「ライカ、こっちにまだいるよっ!」


「はいですよぉおおおおお!」


 私たちは猛烈な勢いでスライムを潰していた。


 私の尻尾は魔力を自動的に感知&攻撃する。

 すなわち、どんなに物陰に逃げたって見逃すことはないのだ。


「おぉっ、なんだかよくわかんねぇけど、スライムが減ってきたぞっ!」


「あたしたちの頑張りが報われたのねっ!?」


 冒険者たちには私たちの姿は見えない。

 あまりにも早いスピードで移動しているからだ。

 まぁ、彼らはスライム狩りに来る冒険者だし、あんまりレベルが高くないっていうのもあるだろうけど。


 よぉし、このまま一気につぶしちゃうぞ。

 雲行きも怪しくなってきたし、雨に濡れたくはないからね。



 ゴロゴロゴロゴロ……


「うっそぉぉおお……」


 スライムの数を3分の1ほどに減らしたタイミングだった。

 空に暗雲が立ち込め始めたのだ。


 数分もしないうちに、ざざぁあーっとものすごい雨である。

 そういえば朝から雨が降ったりしてたんだった。

 雨のせいでスライムが増えすぎたっていうのもあるのかも。


「ええい、一旦中断だよっ!」


「はい、お師匠様!」


 もう少しのところで終わるっていうタイミングで、なんて間が悪い。

 私とライカはとりあえず大きな木の下で雨宿りをすることにした。

 ええい、なんてこったい。

 この雨のお陰でスライムが増えたりしないだろうね。


「うぅ~、こまっちゃうねぇ」


「本当ですよぉ~、雨は嫌いです」

 

 猛烈な雨の前では、私の布の服などほとんど何の役にも立たない。

 私はとりあえず水分をばばっと払う。


 ライカはというと、体をぶるぶるっと揺すって雨粒を落とそうとしていた。


「あはは、それってなんだかワンコみたいだね」


「えっ……そうですか……、これって……?」


「ほら、犬って雨に濡れたときにブルブルってやるじゃん? 猫もやらなくはないけど」


「……ぶるぶるする、……雨で濡れた時」


 何気ない会話のはずなのだが、ライカはちょっとぽかーんとした表情。

 雨に濡れてぶるぶるってやるのを面白いって思っただけなんだけど。



「た、大変だぁっ!」


 しばらく待っていると、雨脚が弱まり、再び動けるようになった。

 そのタイミングで冒険者が何人か走ってくる。

 彼らは青い顔をして、こう言うのだった。


「逃げろ、スライムが合体したぞぉおおっ! めちゃくちゃでっかくなってる!」


「私たちは一旦、避難するわっ!」


 彼らが走ってきた方向を見てみると、丘の上に大きな大きなゼリーの玉が鎮座していた。

 すなわち、スライムが合体した、ギガスライムとか言われるやつである。

 分裂したり、合体したり、忙しいやつだ。


 昔、勇者パーティにいたときに大きめの都市を襲いに来たので交戦したことがある。


「あわわわ、何ですかあれ、大きいですよっ!」 


 ライカは驚きの声を上げるけど、逆だよ逆。

 的が大きくなったと考えるべきだ。

 ちょこまかと逃げられるよりはよっぽどいいじゃん。


 よぉし、雨もほとんど止んできたことだし、ぶちかましちゃおう!

 足元が悪いのはちょっと嫌だけど!


「ライカ、行くよっ! あいつをやっつけて、こんな依頼、終わらせちゃおう!」

 

「私、雨は嫌いですけど、どろんこの中、走り回るの大好きですっ!」


 私たちは大きなスライムに向かって走り出す。

 雑魚だと侮っていたら、想像以上に強敵だったスライムとの戦いもこれで終わりだ。


 ライカはばっしゃばっしゃと泥を飛ばして、めちゃくちゃなスピードで走る。

 服がどろどろになるじゃあんっと叫びたくなるが、依頼達成のためだ、しょうがない。


 それにしても、ライカの動きは以前より俊敏になっている。

 この雨が本能を呼び覚ましたとでも言うのだろうか。

 

 もちろん、私だって負けてられないよっ!



「風の猫(かみ)よ、雷の猫(かみ)よ、いまこそ、我にその威容を見せよっ!」


 小さな城ほどもあるスライムを前にして、私は強力な魔法を発動した。

 その名も、【風猫☆雷猫(ふうじんらいじん)】。

 簡単に言えば、風の猫神様と雷の猫神様を呼び出し、猛烈な暴風と猛烈な雷を叩き込むという荒業魔法である。

 私をここまで手こずらせてくれたのだ、悪いけど手加減なんかしてあげない。


「ネコの国は近づいたにゃ!」


 大きな袋を背負った風猫が現れると、彼は大量の風を袋から吐き出す!


 ぶぉおおお、ずどぉおお、びゅぉおおおお!


 ものすごい風に煽られ、ギガスライムは浮き上がり始める。

 さらにはぐるんぐるんと勢いよく回り始めた。


「ネコと和解するにゃ!」


 さらには太鼓を背負った雷猫が現れ、どんどこ太鼓を叩く。


 どがどがどごごご、がら、がらがっしゃあぁああん!


 小さな暗雲が立ち込め、暴風の中に無数の雷を発生させる。


 えへへ、どんなもんだい。

 もともと相手はひ弱なスライムである。

 私の必殺魔法にかかればひとたまりもないだろう。


 それにしても、猫神様たちのお言葉はいつ聞いても心があらわれる。

 胸の奥がじぃんとしてくるよ。


「ひぃいい、お師匠先輩、感心してる場合じゃないですよ! これって、やりすぎじゃないですか?」


 放った魔法があまりにも強すぎたためか、ライカは青い顔になっていた。

 誰からも見られてないからいいかなと思ったけど、ちょっと調子に乗りすぎたみたい。

 巨大なスライムが宙に浮いて、雷に打たれてるんだものね。


「大丈夫だよ、怖くないよ? 巻き込まれなければ死なないから」


「……巻き込まれたら死ぬんですね?」


「はい、まぁ、えーと、……そうです」


「ひぃいいい、死ぬときは一緒ですよ?」


 涙目になって私にしがみつくライカ。

 死なないって言ってるだろうに。

 しかし、やはりスライム相手にはやりすぎだったかもしれない。

 まぁ、遠くから見れば自然現象に見えるよね、たぶん。


「……あれ?」


 スライムは雷をがつんがつん喰らって、そのままどんどん小さくなっていく。

 このまま消え去るかと思いきや、ここで不可解なことが起こる。


 なんと、一部のスライムが嵐の中からすぽぉんと飛び出してきたのだ。

 おそらく、気流の穴みたいなところから偶然抜け出せたのだろう。


「お師匠様、とどめは私がさします!」


 ライカは抜け出してきたスライムのところに猛ダッシュ!

 ひょっとすると目の前の竜巻雷雲から逃げ出したかっただけかもしれないけど。


 そして、ライカの「とどめ」に私は目を見開くことになるのだった。



【賢者様の猫魔法】

風猫☆雷猫(ふうじんらいじん):風の神、雷の神の姿をした猫を召喚し、思う存分、暴れまわってもらう賢者様の大規模破壊魔法。風でふわっと浮かせて動きを封じ、雷でズタボロにするなど、情け容赦ない攻撃力を誇る。108の殺人猫魔法の一つ。ちなみに猫神たちの言葉は毎回、とても尊く、人気が高い。後の世ではこれをまとめたものが街角にも出現し、人気を博しているほどである。

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