30.ジャーク大臣の悲劇と野望:カヤック、不死の軍団があわわわわとなるが、次の四天王がウォーミングアップを始めましたよ

「ぐふふふふ、これぞ私の不死の軍団ですよ!!」


 ランナー王国の宮廷魔術師の重鎮、カヤックはほくそ笑んでいた。

 彼の使役する本命の魔物、トロル軍団が戻ってきたからである。


 先日まで期限付きでその軍団を借りていた帝国は、隣国との戦争のためにそれを使ったという。

 その結果は騒然とするものであり、精鋭ぞろいと言われた隣国の騎士団を完膚なきまでに叩きのめしたという。

 騎士団がいかに苛烈に攻め立てようとも、異常な回復力を誇るトロルを蹴散らすことはできなかったのだ。

 

 単体のトロルならともかく、群れのトロルを敗北させるには、それこそS級並の大量破壊的な攻撃ができなければならないと言われていた。

 よって、トロル軍団を操ることのできるカヤックは、大臣から一目も二目も置かれていた。



「さぁ、いけぇっ! さっさと動くのだ!」

 

 カヤックはトロルをびしばししごきながら大声をあげる。

 トロルは回復力に優れた魔物ではあるが欠点もある。

 それは頭がよくなく、動きも遅いという点だ。

 群れを指揮する場合には複数人数で動きを観察しながら、目的地へと誘導しなければならないのが通例なのである。

 

 しかし、この魔物使いのカヤック、なかなかの人物なのである。

 彼は一人でトロルの軍団を操ることができるのだ。


「この道を通ってワイへ王国の王都に向かうのだっ!」


 カヤックはあらかじめ見つけておいたルートにトロルたちを誘導する。

 そのルートは崖の下にできた天然の道で、スムーズにワイへ王国の王都を襲うことができるものだった。

 また、落石やがけ崩れの心配があるため一般人に使われることは滅多になかった。


 つまり、奇襲を行うにはうってつけのルートなのである。



「ぐひひひ、キラーベアを殺してくれた者どもに復讐してやるっ!」


 カヤックはトロルの軍団が王都を襲う様を想像し、ニマニマとほくそ笑む。

 キラーベアの作戦時にはつい目を離したすきにやられてしまった。

 おそらくは偶然、凄腕の冒険者か、通りすがりのドラゴンが森に入っていたに違いない。


 しかし、今は違う。


 見つけようのない秘密のルートでの行軍なのだ。

 失敗するはずがない。


「よぉし、前夜祭だ、祝い酒でも飲んでやろう」


 カヤックはいそいそと酒を取り出すと、勢いよくあおり始める。

 この男、もう勝ったつもりになっていたのであった。


 カヤックは手製のつまみなども用意し、さながら一人だけの酒宴を開催する。

 うまいうまいと舌鼓をうっているうちにトロルの軍団は遠くに歩いていく。

 

 しかし、心配はいらない。

 トロルの軍団は自動でワイへの王都を襲うことになっているからである。

 それに少々休憩したとしても、トロルの足に追いつくのは簡単だ。


「ぐふふ、いい気分だぁ」


 カヤックは酒と食べ物をたらふく飲むと、居眠りさえ始めてしまうのだった。

 彼は大臣にどのように褒められるだろうかとニマニマしながら夢の世界に入っていく。

 その眠りから彼が目を覚ますのは1時間後のことだった。



「ほ、ほげぇええええ!?」


 そして、トロルの軍団に追いついたカヤックは信じられないものを目にすることになる。

 彼の不死の軍団が、どんな攻撃にも屈さないトロルの軍団が、倒れているのだ。

 しかも、3分の2ほどのトロルは絶命していた。


 かろうじて生き残っているトロルたちも様子がおかしい。

 目の焦点が合わず、ふらふらうろうろとしており、錯乱状態にあるようだ。

 

「な、な、何が起こったぁああ!?」


 驚くべきはトロルたちに攻撃された形跡が一切ないことだ。

 致命傷を浴びた際にはトロルであっても傷は回復しない。

 しかし、トロルはついさきほどまで生きていたかのような肌の色をしていた。


 まるで死の宣告という高位の闇魔法を受けたかのような死にざまなのだ。

 

「ひ、ひ、ひぃいいいいい」


 この場所にいたら自分も殺されるのではないか?


 そう直感したカヤックはトロルに命令を出して、ランナー王国に戻ることを指示する。

 大臣にはワイへ王国にとんでもない化け物がいることを進言しなければならない。

 トロルの損失については叱責を受けるかもしれない。

 しかし、3分の1でもトロルが残っていれば、平和ボケのワイへ王国を襲うことは十分に可能だ。



 その時だった。


 どたどたどたっと何かが頭上から落ちてきた。

 それは大根と呼ばれる野菜のように見えた。


「なぁっ、どうしてここに大根が!?」


 驚き焦るカヤック。


 うぐがあああああ!!?


 しかも、である。

 トロルどもは雄たけびをあげると、その植物にかぶりつき始めるではないか。

 そもそもが貪欲な生き物である。

 錯乱状態にあっても、目の前にエサをぶら下げられたら食いついてしまうのは必然ともいえた。


 そして、これが残ったトロルたちの最期の愉しみとなった。

 

 ぐぃげぇえええええ……


 彼らは落ちてきた植物を残らず食べ終わると、その場で泡を吹いて絶命するのだった。

 これが不死の軍団と呼ばれたトロルたちの結末だった。


「ひ、ひ、ひぃいいいいいい!!?? 俺の、俺のトロル軍団がぁあああ!!」


 カヤックは腰を抜かし、這う這うの体で逃げ出す。

 トロルがどうして死んだのか、何を食べたのか、一切の検証をしないままで。

 恐怖は人の眼を狂わせるものなのである。




「なぁああにをやっとるのだぁああああ!! カヤック、あなたはしばらく謹慎しなさぁあああい!」


 圧倒的な不始末である。

 当然、カヤックは大臣に叱責されるのだった。


「くぅううううう、愚か者どもめぇええ!!」


 ランナー王国の誇る不死の軍団を失った大臣はぎりぎりと歯がみをする。

 本来であれば、トロルの軍勢だけでワイへ王国など落とすことができたはずなのである。

 それをあろうことか、攻め入ることなく全て失ってしまったのだ。

 トロル軍団のためにかけた費用も全て失ってしまったということでもある。 


「おのれ、ワイへ王国めぇええええ!!」


 大臣は目を血走らせて怒り狂う。

 せっかく裏から謀略をしかけて楽に攻め落とそうとしているのに、裏目裏目に出ているのである。


「くくくく、大臣様、お久しぶりです。お困りのようですな……」


「お、お前は……!?」


 そんな時に現れたのは、フードをかぶった老年の男だった。

 この男の名前はジャグラム、かつてこの国の宮廷魔術師だったが禁忌魔法を試したことで閑職に追いやられた男である。

 レイモンド、カヤックと並び、宮廷魔術師の四天王などと呼ばれたこともある。


 彼は単刀直入に話を切り出す。



「ワイへ王国の件、わしに任せてもらえんかのぉ。久しぶりに実験してみたくなったのでな」


 ジャグラムは邪悪な笑みを浮かべて、ひゃははと笑う。


「じ、実験ですか……」


 大臣の背中に嫌な汗が流れ始める。

 そう、この男は邪悪極まりない魔法実験をすることで有名なのだ。

 死者を生き返らせようとしたり、モンスター同士を合成しようとしたり、倫理から最も遠いところにいる男なのである。


「うひひひ、ワイへなぞすぐに滅んでしまうじゃろうがのぉ」


 男は薄気味の悪い笑みを浮かべて、下品に笑う。

 品性のかけらもないが、大臣は男の実力自体は認めていた。

 定石通りいかないのなら、奇策に打って出るのもいいだろう。

 そう、彼であれば、この膠着した状況を打開してくれるのではないかと思ったのだ。


「いいでしょう、ジャグラムさん。思いっきり暴れていらっしゃい」


「ははぁっ! わしにお任せあれ! しっかり予算は頂きますぞい」


 ジャグラムはいひひなどと笑いながら、大臣の部屋を出ていくのだった。

 そして、ここにワイへ王国の新たな危機が始まろうとしていた。


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