19.賢者様、ド庶民Fランク冒険者にふさわしい武器と防具が必要なのだと決意する

「それじゃ、ライカ、やってみて」


 今日は朝の早い時間からライカの魔法の修行を行っている。

 一応、育てるって約束してるからね。


「はいっ! てりゃああっ! ウィンドブラストぉおおお!」


 ライカは魔法学校で学んだ通りに魔法を詠唱して、杖をぶるんと振る。

 しかし、やっぱり何も起こらない。

 

「ぐぉがあああああ! 渾身のウインドブラストぉぁああわぉおおおおん!」


 ライカは髪の毛を振り乱し、全身の筋肉を使って思いっきり杖を振る。

 最後の方なんか、もうほとんど「わおぉおん」って叫んでるからね。犬か。

 

 ずどかぁっ!


「……へ?」


 すると、どうしたことだろうか!

 なんと結構な真空波が現れて、標的の木に深い傷をつけやがったのだ!


「やりましたぁ! お師匠様、今のどう見ても魔法ですよねっ! やったです!」


 ライカはぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。

 

 しかし、しかし、違うのだ、ライカよ。


 私は見ていた。

 彼女が杖を思いっきり振った次の瞬間、真空の刃が現れたのを!


 おそらく彼女の杖を振るう速度が尋常でないために起こった剣撃に近い技だ。

 

 それはそれですごいんだけど、これは魔法じゃない。

 めちゃくちゃな体力のおかげでしかない。


 っていうか、普通にキラーベアをぶん殴れば倒せるでしょ、あんた。


「えぇえええ、ダメなんですかぁぁあ」


 がっくりとうなだれて、しょんぼりするライカ。

 

 気持ちはわかるけど、勢いだけじゃダメなのだ。

 イメージの力を駆使して、魔法を顕現させなければ。


 前回のキラーベアの戦いのときにも教えたんだけどなぁ。

 ぐぅむ、難しい。

 どうやって教えていけばいいんだろうか。


 腕組みをして考え込む私である。


「で、でもぉ、それが難しいんです! 魔法学院ではこれが唯一の魔法だって教わりましたし、服装だって装備だってちゃんとしたのを揃えたんです!」


 ライカは拳を握って、自分は魔法学院で教わった通りにやっていると力説する。


 ふぅむ、彼女の出で立ちはいかにも魔法使いそのものなのである。

 ちょっとぶかっとした魔法使いっぽいローブに、古めかしい木の杖。

 それなのに魔法が使えないんじゃ、変装しているようなものだ。


「この杖だって、おばあちゃんに買ってもらったんですよ!」


 ライカはそういうと、えへへと笑う。


 確かに彼女の杖には魔石が埋め込まれていて、結構な値段がしそうだ。

 魔法使いで言えば中級者以上におすすめの杖だと言える。


 形から入るのは悪くないけれど、原理原則が間違ってたら元も子もない。


 それに彼女の装備はFランク冒険者にしては、ちょっと高級すぎるかもしれない。

 杖なんて魔力増強の加護がついているみたいだし。


 今さら気づいたけど、ローブには防御関係の加護がついていて、後ろにはご丁寧に家の紋章まで入っているのだ。

 それは狼っぽい犬の顔と、「柴犬剣聖」という文字が刺繍されているものだった。


 すごく……ガラが悪いです。


「……ん、紋章?」


 ここで私の頭に電撃が走る。ずがぁんと。


 ライカのローブについている紋章、これはまずい。非常にまずい。

 わかる人からすれば、剣聖の関係者だって言ってるようなものである。

 あの剣聖のばあさんは非常に残忍かつ獰猛な獣人として世界中で暴れまわったことが知られている。


 『泣く子も黙る柴犬(しばいぬ)剣聖』とは、何を隠そう、あのばあさんのことである。


 すなわち、そんな紋章持ちに率先して関わるのは、よっぽどの命知らずか、アホか、酔っぱらいか、その全部が備わっている奴だということになる。 

 あのDランクのおっさんは相当にお茶目な人物だったんだなぁ。



「……な、なるほど。で、でも、それはそれでいいことだったのではないでしょうか?」


 ライカは私の解説を聞いたにも関わらず、怪訝な顔をする。

 相変わらず能天気というか、お気楽というか、裏の裏まで考えないというか。


 私の内側から、「はぁ」と大きなため息が溢れてくる。

 この子、やっぱり何もわかっちゃいない。

  

「いいことなんかないよ! FランクはFランクらしく、煽られたり、軽んじられたり、侮られたりしなきゃ、もったいないじゃん!」


「も、もったいないっ!?」


 そう、大切なのは目立たずにFランク生活を満喫することである。

 そのためにはきちんとした装備が必要だ。


 「装備してんのか、それ」みたいなFランクにふさわしい武器・防具を揃えなきゃ。

 FランクにはFランクの正装が必要なのである。


「せ、正装なんてものがあるんですか?」


「あるに決まってんじゃん! Fランクだったら……基本は布の服とヒノキの棒だよ! ライカ、高級な装備に甘えてたらダメ! 伸びしろがなくなっちゃうよ!」


「な、なるほど、確かにそうかもしれませんが……布の服ですかぁ? もったいないですよぉ」


 ライカはまだまだ渋い顔。


 ぐぅむ、私の真意が分かっていないようだ。

 やはり、人間、一度高級品に袖を通してしまうと手放すのが怖いらしい。


「ライカ、そのローブ、すぐに脱ぎなっ!」


 とりあえず、まっさきにすることは、ライカのローブを新調することだ。

 少なくとも剣聖の紋章が入ったやつを着せとくのはまずい。

 明らかに只者じゃない感が出てしまうわけで、私のパジャマでも着せといた方がよっぽどましだ。



「ひ、ひぃいいい、今すぐですかぁ!? 心の準備がぁあ」

 

 ライカは眉を八の字にして、怯えたような声を出す。

 目には涙を浮かべて、ガタガタと震える。


 いや、別にあんたの肌をみたいとかそんなんじゃないし。

 そもそも、あんたはお風呂にすっぽんぽんで飛び込んでくるでしょうが!


「あぁもうしょがないな、あんたにお似合いの服を買ってあげるからついてきな!」


 とはいえ、ここでいくら演説をしても無意味なのは私もわかっている。

 私たちにふさわしい正装を揃えなきゃいけない。

 

「はいっ! 私、人からものを買ってもらうの大好きですっ!」

 

 ライカは人格を疑われるようなこと言いながら、威勢のいい返事をする。

 まぁ、実際は剣聖の家のお嬢様なんだし、しょうがないか。


 よぉし、ド庶民Fランク冒険者わたしたちにふさわしい武器と防具を揃えるよっ!

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