15.ジャーク大臣の悲劇と野望:魔獣使いのカヤックさん、ついうっかり魔物を失うも、大臣のもとには次から次へと悪い奴らが寄ってくるようですよ

「なぁっ!? 失敗したですって!? 特級モンスターで街道を襲うと言っていたではないですか!」

  

「も、申し訳ございませんっ!! 目を離したすきに全部やられてしまいました!」


 ここはランナー王国のジャーク大臣の執務室。

 そこでは大臣の怒号が飛んでいるのだった。


 彼の部下である魔獣使いのカヤックが、ワイへ王国の襲撃計画に失敗したからである。

 

 それも並の失敗ではない。

 隣国侵略のために調達していた魔物がすべてやられてしまったのだ。

 しかも、それぞれに付けていた魔道具さえも粉々に破壊されているとのこと。


 本来であれば、ワイへ王国の兵士をなぎ倒すはずの魔獣軍団だったのだ。

 その損害はかなりの規模になる。


「じゅ、10体全部がやられたですって!? しかも、レッドキラーベアまでやられるとはどういうことですか!? 誰の仕業なんです!?」


 大臣が取り乱すのも無理はない。

 レッドキラーベアは人間の天敵とも言える魔物なのである。

 そう簡単にやられていいモンスターではないのだ。


「やられるところは見ておりませんが、こんなことができるのは、冒険者の連中に間違いないかと……」


「冒険者ですか……」


「はい、ワイへ王国は優秀な冒険者が多数、拠点にしております」


 カヤックは土下座をしたまま、大臣にワイへ王国の現状について話し始める。


 ワイへ王国にはダンジョンがあることから、冒険者優遇政策をとっていること。

 そのため、高ランクの冒険者が多数集まり、それが王国の治安を守っていること。

 彼らは冒険者でありながら、ワイへ王国に愛国心さえ抱いているものも多いという。


「今回の不幸な事故が起きたのも、冒険者どものせいなのです! 私の責任とは言い難いものがあります!」


 カヤックは自分への責任逃れのために、いかに隣国の冒険者が危険な存在なのかを力説する。

 豪快そうな見た目と裏腹に、彼は小心者である。

 処世術にもしっかり長けている。


「冒険者どもめぇ……! 大人しくダンジョンにでも潜っていればいいものを!!」


 大臣は乱暴な口調になり、ぐぐぐと拳を握りしめる。

 彼はワイへ王国の制圧という野望を実現するためには、冒険者の排除が必須であることを確信するのだった。



「ならば、冒険者ギルドごと潰して差し上げましょうっ! レイモンドさん、あの盗賊どもをここに呼びなさい! 冒険者ごと木端微塵にしてしまうのです」


「と、盗賊ども、ですか?」


 レイモンドは困惑した表情で返事をする。

 自分の出番を持っていた彼にとって、盗賊を使うことなど選択肢になかったからだ。

 しかも、大臣の言う『盗賊ども』というのは一筋縄ではいかぬ凶悪な連中なのだ。


「そうです。あいつらを呼び出すのです! 最近はどういうわけか魔物が多いですからね、正規軍を使うわけにはいかないのです」


 レイモンドの言葉に大臣ははぁっと息を吐く。

 本来であれば、軍隊を使ってワイへ王国に真っ正面から攻め込むこともできたはずだったのだ。

 しかし、現在、ランナー王国の魔物の出現率は爆上がり中で、軍隊はそちらの鎮圧に割かざるを得ない。

 もっともそれはアンジェリカを追放したことによる弊害なのだが、彼らはそれに気づいてはいないのだが。 


「ははっ、お任せくださいっ!」


 レイモンドはひれ伏した姿勢で返事をする。

 ここランナー王国において、大臣は絶大な権力を有している。 

 その言葉に逆らうことはできないのだった。

  

「ふはははっ! 冒険者ギルドさえ沈めてしまえば、あとはこっちのものです! ワイへの弱兵など踏み潰してくれましょう!」


「そうですとも、ジャーク大臣!」


「大臣様、ばんざぁい!」


 大臣は自信を取り戻し、高らかに笑う。

 レイモンドとカヤックはそれに呼応して、おべんちゃらを使う。

 大臣の機嫌を損ねなければ、素晴らしい未来が自分には約束されている。


 二人はそう確信するのだった。






「呼んでくれて礼を言うぜ、大臣の旦那」


 大臣の前に現れたのは、王宮には似つかわしくない風貌の男たちだった。

 名前をクラジャート団といい、金のためなら何でもするという無法者集団だ。


 大臣はこの盗賊集団に裏の仕事を任せることもあり、盗賊集団は大臣から様々な便宜を与えられていた。

 いわば、持ちつ持たれつの関係を両者は保っていたのだった。



「これを使ってワイへの冒険者ギルドを爆破するのだ」


 レイモンドは懐から魔道具を取り出すと、クラジャート団の男に渡す。

 報酬として、じゃらりと金貨の入った袋を渡すのも忘れない。


「いひひひ、毎度、ありがとうございます」


 男は野卑な笑みを浮かべると、深々と頭を下げる。

 それから男はこんな質問をするのだった。


「爆破する前に、ギルドの売上金をいただきたいが、構わないよな?」

 

 男は貪欲な盗賊だった。

 冒険者ギルドを爆破するだけではなく、その金さえもほしいというのだ。


 彼の瞳は鈍く光っており、良心のひとかけらすら残っていないようだ。


「……ふん、好きにしなさい」


 大臣は男の卑劣さにほとほとあきれながらも、許可を与える。

 彼にとって大事なのは冒険者を駆逐できるかどうかだけだからだ。

 冒険者ギルドのなけなしの金など、はっきり言って興味などない。



「ふくく、必ず良い知らせを持ってきてやるぜ、大臣さんよ」

 

 ここに大臣たちの悪辣な野望、第2幕が始まる。

 行うのは冒険者ギルドの徹底的な破壊と、有力な冒険者たちの排除である。

 もしもそれが叶ったならば、ワイへ王国の国力は大きく損なわれることになるだろう。



 しかし、彼らは知らなかった。


 キラーベアを屠ったのは、アンジェリカであるということを。

 そして、現在のワイへ王国の最大戦力は、アンジェリカそのものであるということを。


 今回の事件を少しでも検証しておけば、彼らの未来は大きく変わったとも言える。

 だが、彼らは自分の力を過信するあまり、失敗を吟味するという基本的なことさえ忘れていたのだった。

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