14.賢者様、Fランク冒険者としての洗礼を受けようともがくも、やっちまったことに気づく。あわわわ。

「それじゃ、ライカ、さっそくFランク冒険者の洗礼を受けるよっ!」


 水晶玉を攻略することはできたけど、私の用事はこれで終わりではない。


 これは、いわば始まりにしか過ぎないのだ。

 初心者であるFランク冒険者として通過儀礼を受けなきゃならない。


「せ、洗礼!? 通過儀礼!?」


 私の解説に驚いた顔をするライカ。

 なるほど、彼女は腕は立つとはいえ、まだまだ素人冒険者。

 これから何が起こるべきか知らないらしい。


「ふふふ、Fランク冒険者があそこで依頼を選ぼうとするだろう?」


「はい、あの掲示板のことですね?」


 ライカはいろいろな依頼の貼ってある掲示板を指差す。

 その周りには何人かの冒険者が集まって依頼を吟味していた。

 彼らは自分の腕と相談して、どの依頼を受けるかを決めるのである。

 

「その時にだね、あることが起きなきゃいけないんだ。くくく、あることが、ね」


「あ、あることですか?」


 ライカは怪訝な顔をして、ごくりと喉を鳴らす。


「絡まれるのさ。イキったⅭとかDランクぐらいの冒険者、それも強面の筋肉野郎に絡まれるんだよ、Fランク冒険者っていうのは!」


 そう、私の期待しているイベントとはこれである。


 Fランク冒険者には薬草採取など様々な楽しみがあるとされる。

 とはいえ、その中でも初期にしかお目にかかれないイベントがこれだ。


 身の程をわきまえないFランク冒険者が、これまた痛い先輩にからまれるのである。

 まさしく、駆け出し冒険者ならではの通過儀礼!


 前回、私はいきなり勇者に絡まれたので、このイベントは発生しなかった。

 あの時、もし、私に話しかけてきたのが、ただのイキったC級先輩だったら、おそらく違った人生を歩んでいただろう。


 そういうわけで、新しい門出には絶対に欠かせないイベントなのである。



「は? へ? 本気で仰ってるんですか? なんでわざわざそんな目に遭わなくちゃいけないんですかぁ?」


 しかし、ライカは不服のようだ。

 どうして自ら進んで嫌な思いをするのかと口を尖らせる。

 

「大丈夫、絡んできたあとには、別のお楽しみがあるんだよ」


「ぐぅむ、師匠にお考えがあるというのならいいのですが……。そもそも、それって都市伝説なんじゃ」


「いいから、いいから。都市伝説じゃないってところを見せてあげるよ」


 私はなんとか彼女をなだめて納得してもらう。

 そう、ただ舐められて終わりではない。


 先輩にイキられたあとには、ちょっとした意趣返しをする。

 そして、できるなら、その先輩と拳で語り合って仲良くなる。

 これが鉄板なのである。


 とはいえ、それを話しちゃうと面白くない。

 あくまでもサプライズであることに意味があるわけで。



「とにかく、依頼を選ぶふりをするよっ! あくまでふりだけね!」


「はいぃっ! 頑張ります!」


 そういうわけで私たちは掲示板に直行。

 ずらりと貼られた依頼をくまなくチェックする。

 ふぅむ、さすがは王都の冒険者ギルド、種々様々な仕事が貼ってあるようだ。


 私はその中でジャイアントオーク討伐の依頼を見つけ出す。


 ジャイアントオークとは少なくともC級以上が相手をするべき、巨大な体躯を誇るモンスターだ。

 実戦経験のないFランク冒険者じゃ餌になるだけだろう。

 よぉし、これを選ぶと見せかけてみよう。



「このジャイアントオークの退治なんてどぉかなぁ!」


 私はあえて声を張り上げて、ライカに相談するふりをする。

 傍から見たらバカみたいだけど、敢えて演技でやってるんだからね、念のため。

 

「うわぁ、いいですねぇ! 私達にぴったりですぅう! 楽勝ですよぉおお!」


 ライカも私の調子に合わせて大声の演技。

 まぁ、彼女は普段からテンション高くて声が大きいから、あんまり変わらないけど。


 いい感じの演技である。

 おそらくはこれで他の冒険者達にも聞こえているはずだ。


 彼らは気づくだろう。

 駆け出しのFランク冒険者がなにか身の程知らずなことをやってるぞ、と。

 現実を分からせてやらねばならないな、と。


 さぁ、来い!


 私は後ろに座る冒険者たちに釣り糸をたらした気分で待ち構える。

 一世一代の大勝負である。

 

 全神経を背中に集める。


 冒険者たちの動きを見逃さないぞっとばかりに、私の猫耳がぴくぴく動く!



 しかし、ここで予想外の出来事が起きたのだ。



「た、大変だっ!」


 どかぁっと冒険者ギルドの扉を開けて、冒険者が飛び込んできた。

 彼は大声でこう叫んだのだ。


「森でキラーベアが輪切りになってたぞ!? しかも、一匹どころじゃない、10匹以上がやられてるぞ!」


「な、なんだってぇー!?」


 そう、まさかのまさかである。

 私たちが討伐したあの魔物をさっそく見つけたやつがいたのだ。


「どういうことだ? どうして10匹以上も?」


「輪切りだって!? キラーベアの毛は尋常じゃなく固いんだぞ!」


「見たこともないほど鋭利な何かで真っ二つだそうだ。巨大な虎にでもやられたというか」


「ひぃいいい、それって最近噂のキングタイガーなんじゃないのか?」


 突然の知らせに冒険者の皆さんは大騒ぎ。

 そりゃそうだ、森に凶暴なモンスターの死骸が大量に転がっていたら、それは事件だものね。


「しかも、だぞ。どうやらレッドヘッドキラーベアもいたみたいだ。黒焦げになっちまって、頭以外はほとんど判別できないらしいが」


「レ、レッドヘッドキラーベア!? B+級の魔物だぞ!? それが黒焦げだなんてドラゴンでも現れたってのか!?」


 彼らはこの事件がドラゴンの仕業だとか、巨大な虎の仕業だとか、口々に議論し始める。

 ま、まずい、もう私達を注意してやろうなんて輩をおびきだそうとか、そういう次元じゃないじゃんこれ!?


「しかもだぜ! 死体はそのまま放置されてるんだよ! 素材取り放題だぜ!」


「熊の胆がとれるじゃないか! 行くぞ!」


 さらには魔物の素材にいきり立つ冒険者たち。

 確かにキラーベアの内臓は高く売れるとか聞いたことがあったけなぁ。


 あっちゃあ、こんなことなら魔物の死体を隠すか、完全に燃やすかしておけばよかった。

 いつだって冷静沈着な私としたことが迂闊だった。

 Fランク冒険者になれるって浮かれすぎてたよ。



「お師匠様、これでは難しそうですよ……」


 ライカは私の脇腹をひじでつつきながら、小声でそんな事をいう。

 確かに、冒険者の皆さんどころか、ギルド職員の人たちまで大騒ぎして、外に出ていっちゃったし。

 ここに残されたのは私達だけになってしまった。


「白状したらどうですか? 全部、私がやりましたって」


 ライカはニマニマ顔である。

 この野郎、私をからかって楽しんでやがる。


 ぐむむむ、せっかく手に入れたFランクの地位なんだよ。

 白状なんかできるわけない。


 しょうがない、今日は出直してやらぁ!



「あたしゃ諦めないよ。こうなったら、何度でも試すからねっ!」


 そう、私は諦めの悪い女なのである。

 一度や二度失敗したからと言って、決して諦めることはない。


 次こそは先輩冒険者に絡まれてやる!

 偉大な決意をする私なのであった。

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