12.賢者様、無茶苦茶な魔法で敵を撃破する。いいんですかそれで? いいんです!


「ライカ、少しだけレクチャーしてあげる」


「お、お師匠様!?」


 私はレッドヘッドキラーベアの前に歩み出る。

 巨大な体躯に鋭い爪、そして、人間を食べ物としか思っていない残虐性。

 魔物ランクだとC+とか、Bランクとかになるのだろうか。


 悪いけど、やっつけさせてもらうよっ!



 ぐごぁああああ、がしゅしゅしゅううう!


 魔物は低く唸ると、変な呼吸音を立てながら、こちらに猛突進してくる。

 その勢いに、女の子は「ひぃっ」と声をあげる。


「ライカ、心の底からイメージするんだよ。こんなふうにね! 喰らえ、落雷の激高サンダーファイヤー!!」


 私が渾身の魔法を繰り出すと、ぼぼんっという音とともに巨大な炎の猫が発生!


 それはすごい勢いで敵を包み込む!


 どごがぁあああああん!!


 猛烈な音とともに、魔物は火だるまになってしまうのだった。

 断末魔をあげる暇さえなく、魔物の体は燃えカスに変化する。

 頭部分は頑丈なのか、燃え切らずにコロコロ転がっていった。


「す、すごいですぅう、お師匠先輩様!」


 私が敵を倒すと、ライカはぴょんぴょん飛んで嬉しそうにしている。


「ふふふ、これぞ猫魔法だよ」

  

 この魔法は実家の猫が雷のときに、なぜか私にキレてきた様子をヒントに作られたものだ。

 その時、実家の猫はびびびびっと全身の毛を逆立てて、まるで火の玉みたいになったのである。

 八つ当たりされたことは非常に理不尽だけど、その火の玉感はしっかり覚えている。


 このように術者の中に強烈なイメージがあることが大事なのだ。


「なぁるほどぉ! イメージが大事なんですね! よくわかりました!」


 ライカは首を百回ほどこくりこくりとさせる。

 いかにも理解してなさそうな、相づちである。

 今ので何かをつかんでくれればいいけど。

 

「それにしても、お師匠様の魔法の時には猫ちゃんが現れるんですね! 炎の猫ちゃん、すごかったです!」


「ふふ、いい着眼点だね! そう、私の魔法は基本的に猫の精霊の力を使うからね!」


 ライカの言うとおり、私の猫魔法には特徴がある。

 魔法を発動した際に、いろんな種類の猫が現れるのである。


 雷の猫、思い出の猫、紅の猫、風の谷の猫、などなど、ありとあらゆる猫や猫精霊が現れるのだ。

 おそらくはライカが犬魔法を使う時にも同じようなことが起こるんじゃないかな。


 そんなことを言うと、ライカは「はへぇええ、楽しみですぅうう! 柴犬様が現れるんですかねぇ」と憧れに満ちた表情。

 まぁ、使うことができるようになれば、なんだけどね。



「あ、ありがとうございましたぁああ! あなたは命の恩人です!」


 一部始終を見守ったリス獣人の女の子は飛び切りの笑顔で抱きついてくる。

 年はライカと同じぐらいだろうか、なかなかかわいらしい娘さんである。

 いやぁ、無事で何より。

 リス獣人特有の大きな尻尾が非常に可愛らしい。


「そ、そ、それにしても、驚きました! 獣人なのに魔法を使えるなんて! まるで、あの、その新緑の賢者様みたいな方ですね! 髪の毛の色はちょっと違うみたいですけど!」


 この子は新緑の賢者アンジェリカの噂を知っているらしい。

 ふぅむ、大陸の東の方では私のことはあんまり有名じゃないって思ってたんだけどなぁ。


 しかし、これはちょっとまずい。


 だって、彼女には私が魔法を使っているところを見られているのである。

 私の素性がばれてしまうと、Fランク生活に支障が出てしまう。


「ちょっとごめんね。午後3時のまどろみドリームオンドリーム!」


「はうぅうう」


 というわけで、私は彼女に催眠魔法をかけることにした。


 実家の猫はお昼寝中は完全に夢心地になり、人格すら変わる。

 普段はツンとすましていても、お昼寝中はへそ天になってお腹を無条件に触らせてくれたりするのだ。

 これは相手を夢心地にして、記憶を失わせてしまう恐るべし魔法なのである。

 魔法を発動させると、彼女の頭の周りに、へそ天の猫がふよふよと浮かぶ。


「君は何も見ていない、ここでは何も起きなかった。いいね?」


「ふぁい、私は何もみてませぇんし、何も起きてませぇん」


「よぉし、偉い。それじゃ、おうちに帰りなさい」


 魔法の発動を確認すると、私は彼女に魔物除けを持たせて街へと歩いて帰らせることにした。

 これで彼女はこの一部始終を忘れてしまうはずだ。


 そして、私は今さらになって思うのだ。 


 ライカが弟子入りに来た時もこの魔法を使って、帰らせればよかったって。

 まぁ、今となっては後の祭りだけどさぁ。



「お師匠様、私も魔法の勉強がんばりますっ! 私、すごい人の弟子になったんですねっ!」


 王都までに向かう道中、ライカは尻尾をぶんぶん振って大盛りあがり。

 ふぅむ、弟子ってことは彼女にも魔法を教えなきゃいけないんだよなぁ。

 首尾よく冒険者になったなら、彼女の指導もちゃんとしてあげよう。 


 人助けも終わったことだし、王都の冒険者ギルドに向かうよっ!



【賢者様の使った猫魔法】

落雷の激高サンダーファイヤー:落雷時に実家の猫が烈火の如く家人に怒り出した様子をヒントに開発された魔法。毛を逆立てた猫のような巨大な火の玉を発現させ、敵を飲み込む。相手は為す術もなく燃えたり、酸欠になって絶命したりする。賢者様の四十八の殺人魔法の一つ。


午後3時のまどろみドリームオンドリーム:相手を夢心地にして記憶を失わせてしまう魔法。猫は昼と夜とで人格が変わると言われるが、特に午後3時という人間でも眠くなる時間帯の実家の猫は別の世界にトリップし、記憶すら共有しているか定かではない。そんなまどろみ気分の実家の猫の様子をヒントに開発された。発動時には顔の周りに、へそ天の猫が飛ぶ。

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