第38話 終業式


 忘れようにも忘れられない亜梨子ちゃんの家での一件から数日が経ち、今日は7月22日。我が内海府高等学校では夏休み前最後の登校日だ。

 うだるような暑さの体育館で汗だくになりながら終業式を終えて、教室に戻った僕らはHRで先生の話が終わるのを今か今かと待っている。


「夏休みに入るからってハメを外し過ぎるんじゃないぞー。間違って警察のお世話にでもなったら先生の夏休みまで減っちまうからな。愛しの妻と娘との時間を邪魔したやつは容赦なく内申点下げてやるから覚悟しとけ」


 ホントにそれで教師かと思う様な冗談を飛ばす先生にあちらこちらで笑い声が起こりつつ、夏休み中の注意点を読み上げていってーー


「注意事項はこのくらいか。……おいおい、もう待ち切れないって顔に書いてあるぞお前ら。ま、あんまり長々と引き延ばして嫌われるのも何だし先生の話はこのくらいにしておくとするか。じゃあ皆、良い夏休みを送るんだぞー」


 その気の抜けた言葉を合図に、教室中に喝采が湧いた。


「「「夏休みだあああああああぁぁぁぁあ!!!!」」」


 教室のそこかしこで陽キャグループの男子達が騒ぎ始めて、誰が持ち込んだのかクラッカーまでパンパン鳴っている。流石にやり過ぎだったみたいで岡部先生に怒られてたけど。

 そんなカースト上位達と違う普段は大人しめのクラスメイトたちにしても、やっぱり高校生生活始めての夏休みというのは特別な気分になるのか皆表情が明るい。


「ははっ、やっかましーよなホント。どいつもこいつも浮かれてさ」


「羽入くん」


 かくいう僕はといえば周りの熱狂にちょっと戸惑い気味だったんだけど、羽入くんにはお見通しだったみたいだ。


「新戸はあんま嬉しそうじゃねーな。夏休みだぜ夏休み」


「うーん、毎年代わり映えしないからなぁ。あんまり特別感ないっていうかさ」


「はぁ? 夏休みっていったら祭り行ったりとか海行ったりとか色々あるだろ」


 そうは言うけどね、ほんの一か月ちょっと前までは『モップ頭』で通ってた僕は当然中学時代もそんな感じだったわけですよ。


「行ったことないもんそんなの。だって友達とかいなかったし」


「あ」


 そのことに気付いたのか羽入くんは罰が悪そうに頭を掻いた。

 まあ自分で言うのもなんだけど、今の僕を見てイケてない陰キャオタクだって思う人はまずいないだろう。羽入くんやえびすさん、亜梨子ちゃんのおかげで人話すのにも大分慣れて来たってのもあるし。


「わり。俺、デリカシーなかったわ」


「いや気にしないでよ、昔の話だから。僕も友達作ろうとか思ってなかったしさ」


 実際友達がいなくても不自由はしなかったしね。

 それにリアルの友達はいなくてもリドルくんみたいなネットの友達とか知り合いはいたし、いつもの土日休みと大差はないけど僕なりに夏休みをエンジョイしてたと思う。

 何もなければ今年もそうする予定だったけど、生憎と僕を取り巻く環境はたった一年の間に大きく変わったらしい。


「んじゃあさ、今年は俺とどっか行こーぜ」


「え?」


「え、って友達だろ俺ら。せっかく夏休みなんだしさ、暇な日あったら遊び誘うから予定空けとけよな」


 面と向かってそう言われて呆気に取られたう。そりゃ僕は一方的に羽入くんを友達だと思ってたけど、羽入くんもそう思ってくれてたんだなって。

 なんか胸の中がくすぐったいっていうか、ちょっと恥ずかしい。


「……うん。そうしとく」


「おし、決まりな! で、この後は新戸どうすんだ? このまま家帰んの?」


「そのつもりだったんだけどね。今日は漫研の部室に呼ばれてるんだ」


「あー、またコミマの件か」


「多分ね。原稿は上がったって言ってたから、当日の話かなぁ」


 つい先日、ようやく計良先輩の夏コミ本は脱稿したらしい。

 あとは印刷屋さんにお任せで僕らがお手伝い出来ることはないから、今日お呼びがかかったのはそれとは別件だろう。夏休みに入ると集まりにくくなるし、その前にスケジュールとか打ち合わせでもするのかも。

 羽入くんにもコミマに参加する話はしてたんだけど、今になって悔しそうな顔をしていた。


「くっそ俺も参加したかったなー。バイトさえなきゃあさぁ」


「お盆はずっと海の家だっけ?」


「そっそ。親戚にどうしてもって頼まれちまって。お盆シーズンは書き入れ時だし、時給は良いから文句はないけどよぉ……箒星の会場限定本が」


「そういや羽入くんハマってたねぇ、あのソシャゲ。イラスト本かなんかだっけ」


 箒星ってのは羽入くんが課金までして入れ込んでる人気ソシャゲの原作サークルみたいなところだ。で、羽入くんが言ってるのはそのサークルがコミマで出す予定の頒布物のことだろう。


「そうなんだよっ! 今まで出た画集にも未収録のイラストもあるらしくてさぁ、めっちゃ欲しいのに会場限定で通販もナシとか酷くねぇ?」


 当然だけどコミマは全員が参加出来るわけじゃないし、受注生産じゃないとなると数量も限られる。この手の限定アイテムは転売ヤーの餌食にもなりやすいのもあって欲しい人の手には中々届かないのが常で、箒星も今回の件で軽く炎上してた気がする。


「なんだったら僕、代行しよっか? 多分会場回れる時間もあると思うしさ」


 だからそう申し出ると羽入くんはパッと顔を輝かせた。


「マジぃ!? 助かるわ! 持つべきは頼れる友達だな!」

 

 ま、まあ僕たち友達だしね。このくらいは任せてって、へへっ。




   ***




 羽入くんと別れた僕は文化部棟に足を運んでいた。

 すっかりいつものになってきた漫研の部室までの道のりだけど、今日は隣にえびすさんの姿はない。

 なんでも先にえびすさん一人に用があるとかで、僕はちょっと時間を潰してから来て欲しいって計良先輩からメッセージが来ていた。


 10分ばかり時間を潰してから教室を出たけどこんくらいで良かったのかな?

 まあ言われた通り時間は開けたしな、うん。


「お疲れ様でーす。新戸ですけどー」


 勝手知ったる部室の扉をガラッと開く。


「……え?」


「……あ」


 計良先輩と北先輩の姿はなくて、中にいたのは一人だけで。

 そして先輩たちがなんでいなかったのかも、僕が遅れて呼ばれた理由も一目瞭然だった。


 いつも胸元を大きく開いているブラウスや、膝上何cmかってほどのミニスカートも今の身に付けていなかった。

 というか、丁度それを脱いで着替えている途中だったんだろう。

 真っ黒なブラジャーとセットのパンティ、大人びたデザインの下着に包まれている豊かな胸やむっちりとしたお尻をさらけ出した僕の友達、湊えびすがそこにいた。


「あ、あ、あっ、あき……」


 見る間にえびすさんの顔がその髪色よろしく赤く染まっていて、それでようやく自分が何をしでかしたのか理解する。


 もしかしなくても僕、やっちゃいましたか?


 手に持っていた黒い布地で体を覆い隠したえびすさんが、わなわなと震えながら右手を振り上げてーー


「ご、ごめっ! わざとじゃなっ」


「秋良の変態いいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!!!」


 すっぱあああああん、と強烈なビンタを右頬に浴びてぶっ飛ばされながら、僕は一つ心に誓った。

 何があっても絶対に、今度からドアを開ける前にはノックしようって。

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