第三話 前に進みたい(上)

「健なにしてるの?」

後ろの席の琴乃が話しかけてきた。新学期が始まったのもあり席は名簿順だ。

「何って人間観察だよ。人間観察。」

と答えた。

「健にそんな趣味あったかしら?」

「目覚めたんだよ。昨日。突然。」

「ふーん。ところでどうして対象が飛騨君だけなの?」

なぜか少し楽しそうな表情で琴乃は聞いてきた。

「別に特に理由はない。たまたま飛騨だっただけだ。」

もちろん嘘だ。

「昨日のカミングアウトで少し意識しちゃったのかと思ったのだけど?」

琴乃はいたずらに笑みを浮かべ聞いてきた。

「・・・強いて言えば琴乃と釣り合うかどうか審査してた。」

もちろん嘘だ。

「そんな嫁入り前の父親みたいなことしてたの?」

「当たり前だ。いいか琴乃。あいつをおばさんとおじさんに挨拶させる前にまず俺のところに挨拶させろ。それが筋だ。」

もちろん嘘だ。颯爽と俺から想い人をとっていた人間と顔を合わせるなんてまっぴらごめんだ。

「まだ付き合ってもないしそれにこれは片想いよ。むこうが答えてくれる保証なんてないじゃない。」

「それは大丈夫だ。自信を持て。お前なら大丈夫。」

「なんで言い切れるの?」

「決まってるだろう。お前はいい女だからな。」

イケボ風にしていかにも冗談っぽく答えたがこれは本当だ。シラフではあんなこと絶対に言えない。

「見え透いたお世辞言われても何もでないわ。」

琴乃は冗談っぽく言ったとはいえ褒められて歯がゆかったのかもじもじしながら絵にかいたようなツンデレ発言で答えた。かわいい。

そして顔を赤らめながら琴乃ははにかむような笑顔で言った。

「・・・でも・・・ありがとう健。私がんばるわ。」

そんなかわいい顔してそんなこと言われたらこちらも少し恥ずかしくなってしまう。

「も~何言っての琴乃ったら~。そんなの当り前じゃない。私たちマブダチでしょ?」

ちゃんと悪癖が発動した。

もちろん琴乃は無視して読書を始めてしまった。

まあ読書の邪魔をするほど俺もかまちょではないので俺は前を向いた。

今頭に駆け巡るのは自分の不甲斐なさと後悔と悲しみだけだ。

琴乃は俺の事が好きなんだと思ってた。

だから琴乃の方から告白しに来てくれるなんバカみたいなこと考えていたのだ。

それならお前が告白すればよかっただろう。なんて思われるかもしれないがそんな勇気もないしあの事もあった。

まあ勇気が八割なんだけど。

けどまさかラブコメの幼馴染キャラみたいになるなんて思わなかった。事実は小説より奇なりなんて言葉はあるが同じとは聞いてない。

奇なら俺と琴乃は今頃・・・なんて情けないことを考えながらHRの時間が始まった。

HRの時間は連絡事項の通達が主になっている。今日は委員会決めのこととテストについて話しているような気がする。

かなり重要な連絡事項だった気がするが俺は話の二割も聞くことができなかった。

理由は後悔と悲しみで目頭を熱くしながら飛騨の観察を再開していたからだ。

先ほど琴乃に飛騨の観察について聞かれたときはそれこそ子離れできない父親みたいなこと言ったが本当はもっと情けない理由があった。

俺は俺が負けた理由が知りたい。

この十年琴乃の隣にいた俺がたった三分ハンカチを拾っただけでの奴に負けるなんてありえない。

なら俺の十年を上回る何かを持っていることになる。俺はそれを知って納得したいのだ。納得して俺はこの十年の想いを断ち切って前に進みたい。断ち切れるよね?前に進めるよね?お願い進ませて。



こうして始まった飛騨の観察。もちろん観察は休み時間はもちろん授業中にも行われていた。

一時間目英語。

「飛騨君この英文の翻訳教えてくれてありがとう!飛騨君ってやさしいね。」

二時間目数学。

「飛騨やっぱ頭いいな。今回のこの小テスト難しかったのに満点なんて。」

三時間目の体育。

「飛騨スゲー!立ち幅跳び、五十メートル走十点じゃん。さすがバスケ部。」

四時間目家庭科。

「飛騨君って裁縫もできるんだね。家庭的で素敵。」

この四時間飛騨の取り巻きが騒ぎ立てていた情報からわかったことがある。

噂たがわぬハイスペイケメン男子だということだ。

勉強、運動もできて性格もよく手先も器用のようだ。なんだよ、家庭的で素敵って。婚期逃したOLみたいなこと言いやがって。

認めるのは癪だが確かに俺と飛騨ではもともとのスペックに差があるようだ。

俺が勝てるのは勉強だけだろう。それ以外の部分あいつの方が上だ。

俺は勉強にすべてを懸けてきたので運動は苦手だ。運動神経は悪くないのは自負しているのだがスポーツをやった経験がないためどうしても苦手意識が生まれてしまった。

どうやら飛騨はバスケ部でかなりの有望株らしくレギュラーとして活躍しているらしい。そのうえ学校の成績は常にTOP5に入っているとか。

ちなみにうちの高校は県内トップの偏差値を誇る進学校だ。そんな中勉強、部活両方でこのような成績を残せる人間は学年で一人いるかいないかだ。

元々生まれ持った才能の差をヒシヒシと感じた。

そのくせイケメンとか人生やってられねえ。

しかし俺の十年を覆すような何かを飛騨から感じることができなかった。

まあたった四時間でわかるとは思ってなかったしそれに俺が負けた原因はもっと飛騨のパーソナルな部分のような気がするのだ。

琴乃はスペックが高いからとかイケメンだからとかそういうステータスの部分に惚れるような人間ではないと思う。

引き続き観察を行い飛騨のもっとパーソナルな部分を発見していきたい。



午後の授業も観察を続けたがあまり結果は振るわなかった。しかしそれは想定内のことである。

パーソナルの部分は学校の中では見えにくいものだ。それに新しいクラスになって一日しかたってないし。

そのため放課後も観察を続行しようと思う。

そんなことを考えていたら、

「健今日は塾あるの?」

琴乃が話しかけてきた。

「今日はこのまま塾に直行。」

今日、実際は塾の時間まであと三時間くらい空きがあるが嘘をついた。

「なんでこんな勉強の虫になってしまったのかしら。昔はそんなことなかったのに。」

「いいじゃん。勉強は大事だろ。」

「けどつまらないわ。」

「悪かったなつまらなくて。そういえばさっき飛騨に話しかけられてたな。」

「え、ええ。ハンカチの事覚えてくれてたみたい・・・」

そんな顔を赤らめながら言われても・・・

「まあ、良かったじゃん。ラインとか交換したのか?」

「いや・・・恥ずかしくて。」

「はあー。お前好きならどんどんアタックしないと。横取りする奴が現れるかもしれないだろ。そうなったら後悔するぞ。」

「・・・はい頑張ります。」

俺は自分自身のことを棚に上げて琴乃に説教した。そんな会話をしていると飛騨が教室から出ようしているのに気づき俺は、

「やばい。琴乃に説教してたらこんな時間じゃん。じゃあな。琴乃。」

「え、ええ。さようなら。日曜日のこと忘れないでね。」

「ああ、わかってる」

こうして琴乃を教室に残し俺は飛騨の尾行を始めたのだ。

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