第5話 ファースト・ステージ

「じゃあ、いくよ」

「お願い、ラインハルト」


 ラインハルトの指が鍵盤を滑る。その音に合わせて、キャロルは歌う。


「あー、あー、あー」

「いいね。ではもっと高音に行こう」


 ラインハルトがどんどん音階を上げていくが、キャロルは音を外さない。それに発声もしっかりしている。これでなんのトレーニングもしてないなんて……。


「神に祝福された声帯だわ……!」


 ああ、やはりあのピンクの光は彼女の才能を現していたのだ、と私は確信した。こうしてラインハルトに手伝って貰いながら歌の練習を終えた。


「さぁ、次はダンスの練習よ」


 これは私の担当。振り付け完コピが目的とはいえ、一応はダンス経験者だからね。逆にアイドルダンスクラスにいたから適任とも言えるかもしれない。


「それでは、まずは――」


 私は軽いストレッチや基礎運動の後、簡単でアイドルらしい振り付けの曲の振り入れをしてみた。うーん、これは……。


「すみません。村の祭りの踊りとは全然違うので……」

「いいのよ、初心者はそんなものよ」


 まずは基本の体の使い方から、私は丁寧に彼女に教えていった。

 アイドルというものは自分の魅力を最大限に発揮してなんぼだから、と考えて歌をメインにした曲を選んだ。ダンスは簡単な手振りとステップのみ。ダンスもそのうちにもっと覚えて欲しいけれど、はじめから何もかも欲張っちゃだめだと思う。


「私は、キャロルにパフォーマンスする喜びをまず知って欲しいの」

「喜び……ですか」

「あなたの歌は素晴らしいわ。だから私はもっと色んな人に聞いて欲しい。あなたの歌は人を幸せにするわ」


 私がそう言うと、キャロルはちょっと恥ずかしそうにうつむいた。うわー、きゃわゆ。死ぬ。


「リリアンナ様にそう言われると、私出来そうな気がしてきます!」

「その調子! あ、あとね……」


 私は人差し指を立てて揺らして、チチチと舌を鳴らした。


「私のことはプロデューサーと呼んでちょうだい」

「プロデューサー」

「そう。あなたをこれからスターの座に導くお仕事の名前」


 さて、リリアンナP、始動するわよ!


 そうして、とうとうリリアンナの初ステージの日がやってきた。

 名目は、領主の娘の私から住民の皆さんへのご挨拶を兼ねたガーデンパーティということにした。美味しいご飯とお土産にお菓子も用意している。だからみんな来てくれるはず。


「皆さん、本日はお集まりいただき、ありがとうございます。今日は楽しんでいってくださいね」


 集まったワーズの住民達は、久しぶりの華やかな催しに笑顔だ。このパーティの余興として、キャロルは歌を披露することになっている。

 セトリは三曲。ダンスが控えめな曲にしたのでバラード調のしっとりめの曲に偏っちゃったけど、その辺はおいおいね。今日はそれでよし。伴奏もラインハルトのピアノだし、丁度良いんじゃないかしら。


「さぁ、キャロル。そろそろ出番よ」

「プ、プロデューサー……」


 本番を控えたキャロルの顔色は良くない。せっかくフリルたっぷりのアイドル衣装を着ているのに。これも私のデザイン。


「大丈夫……?」

「え、ええ。私行きます!」


 どうしても無理そうなら止めにしようかとも思ったけれど、キャロルは立ち上がった。

 偉い! 根性があるわ。


「あ、キャロルおねえちゃんだ!」


 壇上に立ったキャロルを見て、孤児院の子供たちが歓声をあげた。


「き、今日のお祝いに歌います。みなさん、聞いて下さい」


 キャロルは歌い始めた。……けど、あれれ? いつもの半分も声が出て無くない?

 そして聞き慣れない曲調に、みんなぽかんとしている。

 子供たちだけが楽しそうだ。

 私がスキルを発動させてみると、閃光のようだったキャロルのメンカラが消え入りそうな弱々しい光になっていた。


「ありがとうございました!」


 三曲を歌い終えたキャロルは、逃げるようにして舞台から降りた。


「わーん! 申し訳ありません、プロデューサー!」


 心配になった私が様子を見に行くと、キャロルは泣いていた。


「わっ私……緊張しちゃって……。あんなにプロデューサーが褒めてくれたのに……」


 すごい。私は今感動している。キャロルは一見おとなしそうで、押しの強いタイプに見えない。そんな彼女が悔しくて泣いているのだ。

 それは思い通りのステージを見せられなかった後悔。プロとしてのプライドの芽生えだと思う。


「……キャロル。今日のことは覚えておこうね。あなたがライヴでみんなを笑顔一杯に出来る日まで」

「う……でも、私。舞台に立ったら頭が真っ白になってしまって。一人で立ってるのが怖くなっちゃったんです」


 うん……そうか……。それはこっちにも責任がある。盛り上がる演出を用意出来なかった。


「グループアイドルだったらまた違ったかも」

「? どういう意味ですか」

「あー、えっと……他に仲間が居るってことかな。私が追いかけていたアイドルがグループだったから」


 手を取り合い、時には喧嘩して、切磋琢磨する。そんな関係性がエモい。だからグループアイドルの方が私は断然好き。


「グループ……それなら私もできる気がします」

「うーん、そっか」


 キャロルもそう言うのなら、グループはありよりのありだ。資金面だって問題なし! なぜなら私の実家は太いから。

 でも、ひとつ問題がある。アイドルになるには資質がいる。特に私にはメンカラのスキルによって、それが可視化して見えてしまうのだ。キャロルのピンクのオーラで霞まないほどの女の子を探さないといけない。


「メンバーを探すのが大変ね」

「あ……! それなら、私に心当たりがあります」


 うむ。気持ちはありがたいけど……。


「では、面接をするわ。メンバーは誰でもいいという訳ではないの」

「はい! きっと大丈夫です。私が働いていた孤児院、私もあそこの出身なんです。他の子は別の街に働きに出たのだけど、やっぱり故郷に戻りたいってみんな言っていて……」


 数日後、キャロルは数人の女の子を連れてきた。


「プロデューサー! それでは面接お願いします!」

「ええ、お願い」


 キャロルは少し緊張の面持ちで、私のいる書斎の扉を開けた。すると……。


「な、なにこれーっ!」


 まばゆい光が部屋を埋め尽くした。様々な色の光。虹色の輝き。これは、メンカラのスキルが発動しているのね!


「キャロル、紹介してくれる?」

「はい。彼女はイルマ。この中で一番年上です。今は隣町でお針子をしています」

「こんにちは……」


 彼女のカラーはパープル。その髪色と同じ。瞳はさらに濃い紫で、大人っぽい。


「お姉さんキャラ……ばぶ……おぎゃりたい……」


 ああ、ぼーっとしちゃだめ。次よ。次に入ってきたのは、茶色い髪の地味目な女の子だった。


「セシルです……きゃっ」


 セシルは入ってくるなり、躓いて転んだ。そんな彼女のカラーはグリーン。


「ドジっ子属性という訳ねーっ! 癒やされる! 次!」


 次は金髪の仏頂面の子。機嫌悪そうな顔で私を見ている。オレンジのカラーの光だ。


「クリスティーナだ。キャロルがどうしてもって言うから……」

「うーん、ツンツン塩キャラね! いいわよ、いいわよ!」


 私はだんだん興奮してきた。そして次に入ってきたのは……。


「は、はじめまして。モモと言います」

「猫耳!?」

「あ、これは……私は獣人ハーフで……おかげで皿洗いしか仕事がないのです」

「メンカラはイエロー……妹キャラという訳ね。ちょっと……語尾ににゃんをつけてみてにゃん」


 おっと。私がつけてどうするにゃん。


「あ……こんにちはにゃん」

「いいわね! これからそうして。……次!」


 次に目に飛び込んできたのは青い光だった。


「僕はルルです」

「うーっふ、僕っこかー……。あれ? なんかそれも違う?」


 よく見ると何か違和感を覚える。え! これってこれってもしかして。


「本当は男なんです。別に女の子になりたいわけじゃ無いけど、かわいいものが好きで……。キャロルからアイドルってのになれば、いっぱいかわいい格好ができるって聞いたんで。でも! 絶対にばれないようにしますから!」

「そうねぇ」


 私はじっとルルを見た。彼の目は本気だ。


「逆よ。あなたが男なのは、あなたの個性! どんどん誰よりかわいい男の娘なことを全面にだしなさい!」

「……はい!」


 そして最後。静かに部屋に入ってきた途端、部屋はすさまじい光に包まれた。真っ赤な光が私の視界を奪う。


「うう……」

「大丈夫ですか?」


 この光は……キャロルの光よりも強い。それはつまり……。


「エース!」


 彼女はこのグループのエースだ。この存在感、目を惹く整った容姿……美人系かと思いきや、しかし笑うとえくぼが愛らしい。


「アイラと言います。私、エースなんですか?」

「えっ?」


 私、アイドルグループにおけるエースの説明なんてしたっけ。


「あの、お聞きしたいのですけど、リリアンナ様はもしかして前世の記憶があったりしますか?」

「……ええ」

「良かった! アイドルのことを知ってるってことはもしかしてと思って! 私も記憶があるんです。アイドルだった記憶が」

「なんですって!」


 これはとんだアドバンテージだ。元アイドルがいるからって素晴らしいアイドルになるとは限らないけれど、目指すべきビジョンを彼女は知っている。きっとみんなを引っ張っていってくれるだろう。


「全員合格~~~~!!!!」


 あの教会、神の祝福でも受けているのかしらと思いつつ私は、感動の涙を流しながら手を叩いた。

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