第13話  レコーディング 

引っ越して1月ほどが経過した。山里の風はすでに冬を感じさせている。

リビングとスタジオの境にあるレンガの壁は、奥に薪ストーブが設置してある。床もストーブの周りはレンガが敷き詰められていた。薪を燃やし始めパチパチと音がしている。志音はクッションを抱いて暖炉の前に猫のように丸くなっている。


「志音、薪ストーブは大丈夫かい?」


「うん、エアコンより楽かも知れない」


「そう、だったら良いわね」ママは少し微笑んだ。


「とーたん、モヒくんは?」


「スタジオの中で作業してるよ」


「そう、もう機材の使い方を覚えたんだね」


「ああ、とーたんは助かってるよ」私は二人分のコーヒーを持ってスタジオへ入った。


スタジオの中では16トラックのテープレコーダーが『シューン』と音を立て回転している。


「一樹さん、トラックの整理ができました」


「そう、ありがとう、これコーヒー、ここへ置くよ」


「ありがとうございます」真人くんは嬉しそうにコーヒーを飲んだ。


「しかし真人くんは覚えるのが早いねえ、もうほとんどの操作を覚えたんじゃない?」


「でも使い方を覚えただけで、まだ良い音を作ることができません」少し不満そうだ。


「そんな直ぐに良い音を作れたら私の立場がないよ」私は笑った。


「そうなんですか?」真人くんは不思議そうな顔をしている。


「じゃあ早速電子ピアノの音を重ねようかな」


「了解です」真人くんはミキサーの前に座るとテープレコーダーのリモートを操作する。


「頭から出ます」テープレコーダーは回転を始める。


私はヘッドフォンをしてピアノを弾いた。


「もう一回録音したいな」私は納得できていない。


「了解です」真人くんがテープを巻き戻す。


『シューン』テープレコーダーは勢い良く周り巻き戻された。


「もう一度頭から出ます」真人くんが操作して録音が始まった。


私は注意しながら譜面どうりにピアノを弾く。


「OKテイクにしよう」私は頷く。


「了解です」真人くんはミキサーのスイッチ切り替え録音したピアノの音と他の楽器の音も再生する。


モニタースピーカーから録音した音が聞こえる。しっかりと聞いて「よし、これで大丈夫だ」私は納得した。


「真人くんのおかげで作業が捗って凄く助かってるよ」私はコーヒーを飲んだ。


「俺、これまで経験したことのないことばかりで毎日楽しいです」真人くんもコーヒーを飲んだ。


「どうだい、少しずつ音楽の基礎を学んでみないかい?」


「えっ!教えていただけるんですか?」真人くんは身を乗り出す。


「真人くんが嫌じゃなかったら教えてあげるよ」私は頷く。


「それは嬉しいです、でも俺なんかが分かるでしょうか?」少し不安そうな表情になった。


「大丈夫だよ真人くんなら」私は太鼓判を押した。


「ありがとうございます」真人くんは深々と頭を下げる。


仕事が終わると1時間ほど音楽の基礎を教えることにした。


「まずはコードを覚えようか、ドミソはわかるだろう、元になるルートのドから3度と5度になるんだ、ピアノで弾いてごらんよ」


「はい、」真人くんはピアノ弾いて音を出している。


「そして3度の音を半音下げるとマイナーになる」真人くんは真剣に聞いている。


「はい、少し暗い感じです」


「じゃあドミソのCコード、次はDのコード、和音を体に染み込ませていけば良いのさ」


「はい」真人くんは何度も音を出して、和音を体に取り込もうとしている。


私はしばらく見守った。




「さて、今日はこれで終わりにしよう」


「はい、ありがとうございました」


二人はスタジオを出てリビングへやってくる。


「お疲れ様モヒくん」志音が嬉しそうに迎えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る