帰り

雪村 亞麻斗

第1話

 私は目を覚ました。


 太陽の明るい日差しが部屋の中に差して暖かい。


 また今日が来た。


 何度も繰り返されることだ。日が昇り、沈むとまた昇る。


 一人でその時間を過ごすにはあまりにも虚しいものでもあったが、今日が来るという安心はそれを忘れてしまうほどに身に付いているもので、なによりも平和だという事だ。


 私は一年間を一人で過ごしてきた。町の人たちはとても優しい人ばかり。よく口を交わす人も全てが暖かかった。


 それでも、やっぱり私は一人。誰もいない部屋は冷たくて寂しさを感じた。


 けれど、それもきっと今日で終わる。


『私の愛する人』


 私は待っていたの。


 彼は戦場へ出向いたわ。もう一年になる……。


 長かったけれど、もう一年よ。もうすぐ帰ってくるの。


 彼が帰ってくるこの場所で、彼の好きなご飯を用意して、彼を迎えるの。最高の癒しの時間で彼を包んであげるのよ。


 私はここにいる。一人で寂しかったけど、あなたが帰ってくる時を心待ちにして、私はこの居場所を守ってきた。


 そう。あなたと私の安らぎの楽園(ばしょ)。あなたが帰ってくる楽園(ばしょ)。

 

 この楽園で、他所の事、世界の裏の事を忘れ、あなたの暗(やみ)を取り払うわ。


「早く帰ってこないかなぁ」











 俺は目を覚ました。


 薄暗い灰色と煙が舞うこの世界はとても冷たい。


 硬い地面は痛く感じた。


 誰かも分からない声や足音、爆発音や銃声音が乾いた空気の中に鋭く響いている。


 俺の世界に砂嵐がかかっているように感じた。


 こんな時に思い出すんだ。あぁ、君はいつもどんな時だって女神のような笑顔で俺の心を包んでくれた。 


 たまに喧嘩するときもあった。泣かせてしまったこともあったっけな。


 それでも君はいつでも俺を許して、変わらない笑顔を向けてくれた。



 誰かがこっちへ走ってきた。耳の近くで何か言ってるのか、はっきり聞こえない。険しい顔で必死に何かを言っている。


 なんでそんな顔をするんだ、俺はちゃんとやった。無我で戦ってきた。そうでなければこんな所に来れる訳がない。


 俺は、こんな冷たい場所に来たくなかった。


 あぁ、今もまた思い出してしまう。あの日を。


 君は今、どんな顔をしている?


 ごめんな、一人で寂しくないか?


 いつもと変わらない笑み。


 いつもと変わらない匂い。


 いつもと変わらないぬくもり。


 そうだ。『ここ』が俺にとっての平和の世界(もと)。


 俺が帰りたかった場所。


 そこにいるんだ、今も君は。あの楽園で一人、俺の帰りを待っていてくれている。それがどれほど幸せなことか、こんなにも辛く感じることはない。 


 俺の帰りを待つ君の園で、君の安らぎに包まれ眠りたかった。


 この、何もない暗(やみ)の冷たい土の上。


「帰りたい……」










「彼はもうすぐかしら?」


『君が知ったらどう思うだろうか』



「彼は喜んでくれるかしら?」


『君の園は壊れてしまうだろうか』






 二人、また一緒になったらたくさん笑って過ごすのよ。今は二人だけだけど、いつか家族が増えたらいろんな所へ行って、世界の景色を見て回って、たくさんの思い出を新たに作っていこう。悲しいことや辛いこともたくさん待ち受けているだろうけれど、私とあなた、手を取り合って乗り越えていくの。




 君とまた、たくさん語らいたかった。ここに来ていつも考えていた。俺は君のために何をしてきただろうと。君はとても強くて明るい人だったから、俺が迷っている時はいつでも背中を押して導いてくれた。いつも救われてたんだ。だから俺も君を守りたかった。俺達の未来のために。君を、家族を守れる強い男でいたかった。





 俺のココロの暗(やみ)は君が晴らし、私の小さくなったココロをあなたが抱きしめてくれる。


 いつまでも待ち続ける、最愛の人。






「早く帰ってきて、待ってるわ」


『早く帰りたい、君の元へ』






 俺はもう、帰れない。

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

帰り 雪村 亞麻斗 @ato-tachi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る