パラレルワールドとの別れを惜しむ

 短編連作風の物語を途中まで執筆しっぴつしたときなどに、書いたエピソードをボツにすることがある。

 理由は、その展開に納得できないため。納得のできない展開を書いている違和感に、書き上げてから気づいたため。あるいは、そんな違和感の存在を、書き上げてからみとめたため。そして、違和感に気づいた以上、その展開をゴリ押すわけにはいかないため。ボツにすると決めたエピソードは、執筆にかけた時間の長さに関係なく、まるっと全てカットして、Word原稿の末尾まつびに移動させる。

 そう、この時点では移動させただけで、削除しているわけではない。もちろん、違和感の度合いによっては、いさぎよく削除するけれど、しばらくは手元に残すことがある。

 本編には不要と判断したのに、なぜ残すのかというと――やはり、時間をかけて書いただけあって、そのシーンだけを見るならば、出来がいいなと思ったり、好きな表現があったりするから。手塩にかけて育てた文章への未練みれんが、ノートパソコンのデリートキーを押す指を、一時的に止めさせた。

 でも、原稿の末尾に亡命ぼうめいさせたからといって、ボツにしたエピソードを読み返すかと問われると、答えはいな

 ボツにした文章の一部には、有効的に使い回せる表現があるかもしれない。登場人物の台詞せりふだって、なんとか別のシーンに組み込めるかもしれない。それでも、すでに「この展開ではいけない」と結論を出したからには、過去の文章は一顧いっこだにしないと固く決意しなければ、新しい展開を考える際に、思考が旧版きゅうばんの文章に引っ張られる。実際に、数えきれないほど引っ張られてきた。心を鬼にしなくては、きっとまた同じてつを踏む。

 旧版のエピソードを読み返すときは、新たなエピソードを書き終えたときか、物語そのものを完結させたときだ。物語の正規せいきルートを定めたあとなら、安心して以前の文章を楽しめる。

 完成原稿の文字列からはじかれて、はなれ小島のようにぽつんと存在する断章だんしょうは、まるでパラレルワールドのようだと思う。主人公の行動が一つ変わるだけで、有り得たかもしれないifの世界。そこに未来はなくて、読み終えれば行き止まりに突き当たってしまうけれど、別の道を切りひらけることを知っているから、このときにはもう、別れをしむことはない。ほんの少しだけ寂しさを感じながら、ボツにしたエピソードをマウスで選択して、一思いに削除する。

 ……と、書いたけれど、読み返したあとで別のWordデータとして保存して、さらなる亡命をはかることも、まれにある。「そのとき」にしか描けないきらめきを、完膚かんぷなきまでに消し去ってしまうのはしのびないから。それに、この局面きょくめんに至ってもち切れない未練は、大事にしたほうがいいような気がするから。

 非正規ひせいきルートの物語の断章を、おおやけの場に出すことは一生ないけれど、私だけがこっそりのぞける場所に残して、数年後に「こんな展開も考えていたのか」と、たまになつかしめたら、きっと楽しい。

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